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2006年5月18日 (木)

悲劇の民

「石念、純友の様子はどうだ?」

将門は配下の山伏の風貌の男に尋ねた。

「私の仲間の情報によりますと、予定通り海賊と謀って蜂起するようです、今日明日にでも報告があるのでないでしょうか。」

藤原純友が、瀬戸内海で海賊らと蜂起、朝廷軍の先鋒を殲滅。将門がこの報を聞いたのは、その日の夜であった。

「よし、東の将門と西の純友から京を挟撃し、皇族と貴族を殲滅する。全軍、進軍準備!」

士気あつく鉄器と騎馬を有している将門軍は、向かうところ敵無しだった。 明朝、平貞盛の軍が迫ってきたとの報があった。

「貞盛め…一族の争いで負けたぐらいで朕を朝廷に讒訴した卑怯者…さっさと首をはねてやりたいものだ。」

真昼、両軍は正面衝突した。差は圧倒的だった。

「雑魚ども邪魔だ、どけ!」

将門自ら陣頭に立ち、鬼神のように暴れ狂った。立ちはだかるものは全て騎上から斬って捨てた。

「攻めろ攻めろ!初戦を飾ってそのまま京へ攻め上るぞ!」

将門には、絶対的な自信があった。東国の貧しき農民たちは朝廷に防人として九州へ送られ、東北の先住民は蝦夷として征伐され…そもそも縄文一万年の歴史に終止符を打った天皇族に対して宣戦布告した将門には、この一万年の怨念が宿り、味方になっているような面持ちだった。

「悪路王…」

誰かがそう呟いた。そう、京の権力者たちにとって、将門は悪路王アテルイの再来に他ならなかった。その昔、京の朝廷を最も震え上がらせ、名将坂上田村麻呂によってやっと捕えられたという伝説の蝦夷の頭領であった。京の人々のアテルイに対する恐怖は凄まじく、助命を嘆願した田村麻呂の言葉をも無視し、アテルイは副将ともども処刑された。 そんな悪路王アテルイの再来、と京の人々は見たのだ。将門に対する恐怖は並々ならぬものだった。

「朕が名は悪路王相馬小次郎将門なり、敵将貞盛よ、武士らしく名乗りをあげよ!」

敵兵たちの振り向いた顔の先に、仇敵の顔があった。将門と目が合うやいなや、踵を返して逃げだした。

「待て、卑怯者!石念、やれ!」

どこからともなく現れた山伏装束が目にもとまらぬ早さで味方や敵の騎兵の馬上を跳ね、宙を飛びながら貞盛目がけて矢を射た。 矢は右肩に当たった。貞盛はそのまま振り向きもせず本陣へと逃げ帰った。

ここで一つ説明をせねばなるまい。この山伏装束の石念という男は、イボロという一族の出で、後世に「忍び」と呼ばれるようになる類の一族であった。民俗学者折口信夫は、「武士とは山伏・野伏のブシで、略字である」という説を唱えたが、イボロはまさに山伏系の被差別民戦闘集団であった。石念は、将門を列島の王にすべく、将門の側近となった。何百年と虐げられてきた山民の歴史を背負い、今まさにこの国に反逆しているのであった。

イボロの石念と似た境遇の一族で、諏訪の望月兼家という人物がいた。石念は、この男とある契約を結び、将門の配下となったのだが、その契約とは、石念は将門につき、兼家は朝廷につき、朝廷が倒れれば石念は兼家を助け、将門が討たれれば兼家は石念を助ける、というものだった。戦乱の時代を生きぬいていくには、同じ山民系といえど敵味方に別れねばならなかったのである。

奈良時代、山民たちは山伏の祖・役小角を指導者に、朝廷と死闘を演じたが、石念たちはこの戦争はそれから数えて第2ラウンドのつもりであった。

「この国の悪しき権力者たちを一掃し、平等な世界をつくる。」

夜、石念は自分の理念を、もう一度口に出した。

2006年5月15日 (月)

銅鑼

夜。戦闘は既に始まっていた。闇夜に火炎瓶が閃光し、ヘリの騒々しい音と方々から上がる火の手。警察のサーチライトは妖しく交差しカラフルな色を作り出す。

そんな中、公園に集められた森は陶酔していた。極上の戦争の味を、体で感じ取っていた。幹部が演説する。

「三里塚の農民たちは、戦前、天皇に満州に駆り出され満蒙の土地を耕すことを強要された。そして、やっと土地が肥えたかと思ったら、すぐに敗戦で引き上げられ、今度はこの三里塚の土地を耕させられた。しかし、政府はまたしても農民を三里塚から引き上げよと言う。この血も涙もない政策を、我々は黙って見ているわけにはいかない。まして、この地に資本主義を広げる侵略要塞である空港を建設するとならば。全同志諸君!戦争は、始まった!」

「異議なし!」

「只今から、私も含め全同志諸君は命を賭けて戦い抜くことを誓う。遺書は持っているか?パクられた時に家族へ当てる手紙は持っているか?身元の割れる免許証や学生証は全て燃やしつくしたか?党のため、三里塚のため、列島のため、命を捨てるのだ!」

「異議なし!」

「今日でウォーミング・アップは終わりだ、明日が三里塚の天王山だ!心せよ!」

「異議なし!」

「叫べ!殉死した同志たちの声を聞け!地の底から湧き上がる怨念を!天皇を殺せ、皇居を燃やせ、天皇制を破壊せよ!我々の人生は全てこの地に集約されるのだ!」

「異議なし!」

「異議なし!」

「異議なし!」

森は空気に酔っていた。深夜にきらめく閃光と、不思議な一体感。狂ったように叫び、歌った。エクスタシーの共有。不思議な幻影は、いたるところに写っていた。いまこの地は、日本国でなくなった――……

二千年の反抗・第一幕

これで終わりだ、すばらしい友よ

これで終わりだ、ただひとりの友よ

僕たちの綿密な計画は破れた

すべては終わった

ジ・エンド

森は目が覚めた。頭の中で鐘の音が鳴り響いていた。目覚めても虚ろな目をしている、森はそう感じていた。

どこからともなく歌声が聴こえる。その声は、強く、太く、そして酔ったよう。

(とにかく、ここから出なければ……)

森は何故かそう考えた、そして考えたうえで、何故か体が動かないことに気づいた。逃げ出せない体に容赦なく襲いかかる声。

安心感も驚きもない

終わり

二度と君の瞳を見ることはないだろう

森は瞳を閉じた、そうしなければ死ぬ、と何故か自分に言い聞かせて。まぶたの裏では、古風な光景が広がっていた。合戦で、威勢良く攻撃する身分の高そうな武者。明らかに劣勢だ。視界が切り替わる。町だ。町の奥で見せ物に人がたかっている。よく見ると、さっきの武者の首を皆が見物している、鬼のような形相の首を。

苦痛に満ちたローマの荒野で迷い

子供たちはみな気も狂わんばかり

子供たちはみな気も狂わんばかり

今度は銅鑼が鳴った。その音で森は目を開けた。荘厳なる軍隊の行進の風景が広がった。何故か兵士の顔の全てが知り合いだった。全ての兵士が森と目を合わせ、手招きをした。「こっちへ来い」、と。

ブルーのバスが僕たちを呼んでいる

ブルーのバスが僕たちを呼んでいる

運転手さん、僕たちをどこへ連れていくんだね


目が覚めた。3月26日、早朝。

「夢か、全然眠れなかったようだ……」

森はやはり心なしか緊張していた。機動隊の麻酔弾が首や顔に当たって戦死する者も出てくるだろう、それが自分である可能性も十分ある。

「第一、成功するかどうか……とにかく行かねば、準備だ」

森の脳裏に深く焼きついた歌声が、また廻り始めた。


これで終わりだ、すばらしい友よ

これで終わりだ、ただひとりの友よ

ジ・エンド


君を自由にするのはつらい

でも君は絶対について来ないだろう


笑いと軽い嘘の終わり

死のうとした夜は終わった


これで終わり


「ジ・エンド」ドアーズ

二千年の反抗・序章

月まで泳ごう

ウーフ

この光の流れを上ろう

ひたひた寄せてくる、待ち受ける世界に屈しよう

―「月光のドライヴ」ザ・ドアーズ

「暗ェな、ドアーズかよ、古いな」

森は長い沈黙を破って、言った。寂れたロック喫茶の隅に、二人の新左翼がテーブルを挟んで座っていた。

「そんなことはどうでもいい、わかってると思うが、3月30日の件だ」

寺田が冷ややかに言った。

「3月30日、か……」

3月30日―――……度重なる反対運動により大幅に遅れた成田空港開港予定日が、新たに決まったのだ。

「今度の主力は、我々第四インター派、それと日向、プロ青同だ。我が派の未来はこの戦いで決まると言っていい、3月26日から一週間、最後の一人が死ぬかパクられるかするまで戦い続ける」

「それは何度も聞いてるよ」

森は言った。

「そのために遺書だって書かされたんじゃないか、俺だって微妙に緊張してるよ、打倒天皇制、打倒日帝、打倒反革命……!」

重苦しい空気に重苦しい音楽。重苦しい未来にささやかな火薬。麻薬よりも美味しい陶酔、反逆の味。

「今度が関ヶ原、か……」

森は息を吐きつつ呟いた。

「違う。バスティーユだ」

寺田はしっかりと、そして確信に満ちた声で言い放った。

二千年の反抗~プロローグ~

久しぶりの晴れの日、冬は天慶2年(939)の12月某日。その日は異常気象のように暑く、夜は熱帯夜となった。

深夜、無数の灯が坂東軍の幕営を彩った。坂東の兵士達や農民達には、「何か大事な儀式がある」としか、伝えていなかった。銅鑼が打ち鳴らされ、盛大な儀式の始まりを告げた。首領・平将門が壇上に上がり、闇夜の火に鎧兜を光らせながら幾列も並んでいる兵士達に向かって言った。

「当夜は、巫女による八幡大菩薩の託宣を行う。今後の方針をうらなう重要な儀式だ、皆、それを肝に銘じて観ていて欲しい」

将門の声は、いつになく神妙だった。将門も、兵士達も、同じことを思い浮かべた。都から派遣された国司達に数々の搾取や凄惨な仕打ちをされた日々、源護派の同族たちとの争いに勝利し巨大化した将門の軍団に加わり、国司達を追放する戦いに参加した日々。高貴な身分の者たちにより”反乱”と決めつけられ”賊軍”となり、戦争で親兄弟恋人を失い、日本国を恨み、天皇を憎み、京を呪った日々。

全てが走馬灯のように頭を駆け巡り、それが一寸先の未来を確信に満ちたものにしていた。これから、最後の抵抗が始まろうとしている……兵士達の予感は的中した。

巫女は白装束で壇上に上がり、優雅な舞を始めた。炎が巫女の顔を赤くする。次第に神がかり始め、奇声を発しだした。並みいる兵士達はその様子を見、唾を飲み込んだ。

「朕、八幡大菩薩なり。古の世に応神天皇として即位するも、崩御の後、世、再び乱れん。朕、天下をうかがうに、今上の天子の悪しきまつりごとは天下万民を苦しめ、日本国を滅ぼしむるものなり。しかし、坂東の地に帝者の運を持つ者ひとり現れり。朕、朕が位をおんし平将門に授け奉る。その位記は、左大臣正二位菅原朝臣の霊魂表すらく、右、八幡大菩薩、八万の軍を起こして、朕が位を授け奉らん。今すべからく、三二相の音楽をもて早くこれを迎え奉るべし」

ワーッと兵士達の歓声が上がる。用意周到にも、笛が吹き鳴らされ太鼓が打ち鳴らされる。舞妓達は灯の周りで舞った。将門が天皇の位に就く、これは革命だ。関東は独立するのだ。今、叛乱は叛乱でなくなった。太古、天皇族が大陸から渡来し列島を支配して以来、天皇に叛くことは叛乱だった。しかし、今、天皇は将門となった。将門は天皇となった。京の天皇は賊であり、自分達は神聖なる皇軍である。古来から差別され、搾取され侵略されるままだったこの坂東の地が、京のみやことなるのだ。

兵士達の間ではむせび泣く者もいた、興奮して叫び始める者もいた。異様な空間だった。その空間だけが、日本国から独立していた気がしていた。将門が再び壇上に上がった。

「この度、八幡大菩薩の命を受け、新皇となることを決意した。京の天皇は不正な賊である。朕ら東国の武者にとって、京など亡者の西方浄土である。朝日は東より昇り日輪を輝かす。その昔、神武天皇は太陽に向かって戦って敗走し、太陽を背に戦って勝利を得たという。朕らは太陽を背負って戦うのだ、勝利は疑いえない。思えば京の政治は藤原氏に蹂躙され、国司達も乱れきっていた。英雄、左大臣菅原道真朝臣を太宰府へ島流しにし、悪政ここに極まった。ここにいる兵士達には高麗出身の者も多いことは周知のことであるが、朕ら坂武者が強靭な馬を手に入れたのはそもそも彼ら高麗の者達のおかげである。しかし、そなたら高麗人達は天皇に憎まれ、高麗の前身の新羅が朝廷の目の敵にされたのは歴史が示すとおりである。しかし、そもそも新羅と日本が一体であったというのも歴史の通りである。高麗人、そしてここにも幾人かいる山の民、東国蝦夷のものは朝廷に鬼とさげすまれ、蔑視された。それならば朕ら、日本国を焼き尽くす鬼と化してやろう、夜叉となれ、全ての元凶は天皇族だ。だが敵はもはや天皇ではない、賊王だ。敵はもはや皇軍ではない、賊軍だ。賊軍ひとりと戦えば英雄、賊軍ひとりを殺せば仏、賊王を殺せば神だ。朕らを止めるものは何もない。さあ、飲め、騒げ、叫べ、歌え!戦いの銅鑼を打ち鳴らせ!千年もの虐げらてきた歴史を背負え、今からこの国を滅ぼしにいくぞ!皇居を放火し、天皇を殺せ!怖れるものは何もない、今夜は盛大なる呪詛を!……」

将門の顔は鬼の形相と化していた。天皇家に仇なす鬼、夜叉。その場にいた全ての者は、将門の叫びに陶酔し、甘美な響きに快感を感じ、己の心臓がビートを刻むのを感じた。己の血が脈動するのを感じた。血はささやいた、”行け!”と。

不思議な日々が俺たちを捕らえた

不思議な世界が俺たちを追いつめた

俺たちのちょっとした歓びを壊そうとしている

それでも遊び続けるぞ、それとも新しい町を見つけるか

―「ストレンジ・デイズ」ザ・ドアーズ

1978年、千葉県成田市三里塚。一見何の変哲もない穏やかな農村に、風雲急を告げていた。

それまで関東の、日本最大の空港は羽田空港であった。しかし、時の政府は高度経済成長に合わせ、さらなる巨大で国際的な空港を建設することを決意、さっそく土地を選定にかかったのだ。

当初は富里を候補地としたが、富里の農民達の二年間もの大反対運動で候補地を変更、霞ヶ浦を埋め立てて予定地としようとしたが、そこも農民や漁民の反対であえなく失敗、そういったことを何度か繰り返したが、そこで時の首相・佐藤栄作が1966年に三里塚を予定地とすると、村民にそのことを何も言わない間に閣議決定し、話を進め、実に突然に工事がスタートしたのだ。農民達は即座に立ち上がり、建設反対の同盟を組織し、運動を開始した。それは、長い長い夏の始まりであった。

60年代後半に入り学生運動はひとつのピークを迎え、段々と下火になりつつあった矢先、三里塚での運動が始まった。そのことに目をつけた過激派達が運動に介入、農民側を支援し始め、事件は三里塚゛闘争゛となった。

2006年5月14日 (日)

昨日は新バ

昨日は新バンド初のスタジオだった。 やっぱ楽しい。 今回の編成とは前とは打って変わった大編成で、曲は楽しいものばかりを。 早くも次のスタジオがまちどおしい

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