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2006年10月25日 (水)

マイ・フェイバリット・ソングライターズ

●アントニオ・カルロス・ジョビン
ボサ界最高の作曲家。「イパネマの娘」、「おいしい水」、「ワン・ノート・サンバ」等々、ボサノバのスタンダードはほとんどが彼の手によるものだ。

●ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
宮廷最大のポップ・スター。その音楽は親しみやすく、ポップさ満天。クラシックをお高い宮廷や貴族のものから民衆のものへと還元したポップの祖。

●レノン=マッカートニー
60年代以降ロック隆盛の最大原動力。世界中、言葉が違ってもビートルズを唄えば誰とも友達になれる。

●フレディ・マーキュリー
時に激しく、時に叙情的に包みこむメロディは、彼の歌声同様、あらゆる人の心を打つだろう。

2006年10月23日 (月)

マイ・フェイバリット・アルバム ベストテン

ジョージ・ハリスン/オール・シングス・マスト・パス
歌声からにじみ出る円熟。ギターからにじみ出る人間性。一生聴ける最高のアルバム。

ホレス・パーラン/アス・スリー
史上、こんなにクールなピアノがあっただろうか。

ザ・バンド/ザ・バンド
賑やかで豊か、楽しげで愉快。アメリカ音楽の傑作。

クイーン/クイーンⅡ
最も完成されたロック・アルバム。

セルジオ・メンデス&ブラジル'66/マシュ・ケ・ナーダ
ボサの素晴らしさを教えてくれた、洒落た傑作。

ゲッツ・ジルベルト/ゲッツ・ジルベルト
訴えかけるサックスと、語りかけるボーカル。

ローリング・ストーンズ/レット・イット・ブリード
限りなく優しい、深みのあるストーンズ。

奥田民生/GOLDBLEND
とっても素敵な曲ばかり。心に響く民生の歌。

ビートルズ/レット・イット・ビー
最も思い出があるビートルズのアルバム。冬のかなしさ。

ロバート・ジョンソン/ザ・キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース・シンガーズ VOL.2
切ない曲ばかり。ブルースの、本当の暖かみ。

2006年10月20日 (金)

最近の音楽について

しばらくバンドが小休止なので、ソロギターに凝っている。
今やっているのは「いつか王子様が」。ソロギターは難解なテンションコードが崩れた形で出てくるので、慣れていないと非常に難しい。
他には、ジャズギターのフレーズをコピーしたりしている。といってもギターがリーダーの作品は難解過ぎるので、ジャズボーカルのバックで時たま浮上するギターフレーズなんかをやっている。
あと、ボサ・バンドのメンバーが一通り決まったので、パートを明記する。
女声ボーカル、ギター&ボーカル、ベース&ボーカル、ドラム&ボーカル、テナーサックス
今のところ決定している曲は「イパネマの娘」、「おいしい水」、「コルコヴァード」、「デイ・トリッパー」、「フール・オン・ザ・ヒル」
非常に楽しみなのである。

去りし友へ捧げる散文

何も起きない。人が一人消えたところで、特に大きく環境が変動することはない。ましては、友の間柄など。
しかし、何も変わらない風景の中で、いつも通りのはずの日常は、すぐにその異変に気づくだろう。
変わらないはずの日常に、小さな小さな穴が開く。穴から些細な風が吹き、傷はちくりと痛むだろう。
傷は時間という薬により、かさぶたとなり、いつかはそこに傷があったことも忘れてしまう。
僕は君をほとんど知らず、君は僕をほとんど知らない。しかし、そんなことが何になる、過ごした時間の濃さに比べれば。
季節はめぐる。人はみな時間の波に溺れ、様々な後悔を抱きながらさまよう。しかし、荒れ狂う“時”の大海を、あまねく照らす灯台がある。それは、人が“希望”と呼ぶものだ。
そう、人にとって最も大切なものは、希望である。人は希望に乗って天空を駆けることができる。人は希望を抱えて氷雪を忍ぶことができる。

旅人よ、どうか、志を持って進み行け。君の希望に影を残さん、志とは我が名なり。志とは我が名なり。

2006年10月19日 (木)

旧友

昨日深夜、かなり久しぶりに旧友たちと会った。
全く楽しい奴らだ。俺にはちゃんと帰るべき場所があるんだと、再確認した。


地に堕ちて四方に体が散ろうとも
仰げば母なる天つ星あり

2006年10月18日 (水)

トリステーザ

哀しい時には酒を飲もう
哀しい時に飲む酒は
ほとばしる地熱の味がする

来たれ、火炎の時
たぎれ、熱情の血

砂漠の向こうに何がある
砂漠の向こうに何がある

2006年10月16日 (月)

雨に唄えば

気づけば雨の中
気づけば雨の中

僕ら二人は笑ってる
傘を片手に唄ってる
何故だろう、雨がこんなに優しいの

気づけば雨の中
気づけば雨の中

時には僕も酔うだろう
涙を抱えて歩くだろう
眠くてうつろになるだろう
そんなときにはこの雨が、きっとこの雨降り注ぎ、僕の眼醒ましてくれるだろう、悲しさ洗ってくれるだろう

気づけば雨の中
気づけば雨の中

彷徨

僕はとても悪い性癖を持っている。
それは、本当に大切なことを、すぐに忘れてしまう癖。
あの本に記してあったことや、あの人が言ったことや、あの時あったことや。

僕は、今日も探しものをしている。

希望

日が落ちている。
ぶるぶるぶるぶると、煮えたぎって叫んでいる。
血で染まった真っ赤な顔を、こちらに向けて苦しそうにあえいでいる。
滅亡の赤。

どうしようもないので、僕は大好きな君と朝日を見ることにする。
朗らかで、健康的な、朝日さえいてくれたら!


夜ニナッタラ月ガ出ル。月ハ僕等ヲタブラカス。
日ノ出ノ前ノ明星ガ、冷ヤリト笑ッテル。

2006年10月13日 (金)

美術について

修学旅行では収穫はいろいろあったのだが、特に美術という観点で、かなり豊かなものを得られた。
中村文欣という老人の画描きに出会い、その特異な線で描かれる画を二枚買った。老人は、今度から国語の教科書に載るのだと楽しそうに語り、まだまだこれからが青春といった感じだった。
次に嵐山の天龍寺で、『雲龍図』を見た。半端ない迫力で、堂全体に圧迫感を与えていた。どこから見ても睨まれ、圧倒的な力の優劣を感じた。モノクロの禅画の力強さの極みといった感じだった。
亀岡公園の展望台からは中国四川省のような、渓谷と霧と川の絶景を見た。今にも龍が現れそうな。
六道珍皇寺では、閻魔大王像の迫力と、冥界への井戸とされる、異世界のように美しい井戸まわりを見た。
六波羅密寺ではユーモラスで今にも動き出しそうな空也像、晩年の苦渋の影がある平清盛像、全てを見通しているような空海像と、宝物殿はまさに宝の山だった。

美しいものを見れたというのは、気分がいい。

2006年10月10日 (火)

つづき

しかし何だかんだ言って、中学時代の友人とはほとんど疎遠になってしまった。今でもよく会う一部の隠れた集団を除き、ほとんどが疎遠になってしまった。
実際のところ、疎遠にならない友人が少しでもいたならば、それはもう相当の友人だと思う。
そして、余程ご近所付き合いなどの関係でもない限り、大抵が異性の友人は失いやすい。
それはもうどうしようもないことだろう、同性間ですらただでさえ疎遠にならないのは少ないというのに。
実際、中学時代に仲良かった女友達で、今でも交流あるのはゼロに近い。同窓会でもない限り、一生会わない奴も多そうだ。
疎遠になる最大の理由は、物理的原因を除けば、要するにお互いを忘れるのだ。お互いが過ごした日々を忘れるのだ。そうして、自分のこれからにしか頭がないのだ。確かに、そうして過ごした一瞬一瞬が大切なのだろうが、いったいこれでは友達の使い捨てだ。更新はあっても蓄積はない。
果たして高校時代の友人で、友人でいつづけられるのはどれ程いるのだろう。
もちろんそれは自分と相手の心がけ次第なのである。
今日は高校の女友達二人と出かけたが、疎遠にならないようにしたい。今日は中学時代の男友達と立ち話をしたが、これからも疎遠にならないようにしたい。
つまりそういうことなのだ。めちゃめちゃ大事なのである。

友人について

果たして何人、誰が、この見所のない日記とも言えない気だるい文章を読んでいるか知らないし、見当もつかない。が、これを読んでいる人はほとんどが俺を知っている人間のはずだ。なぜなら、この日記は大抵の検索にはかからないように設定してあるし、リンクもほとんどしてないからだ。
つまりこれを読んでいる人はほぼ間違いなく俺と繋がりがある人なのだ。
繋がり。映画『スタンド・バイ・ミー』で、ラストは主人公ら少年たちは大人になっていくにつれて段々と仲間同士が疎遠になっていく様子が語られる。
堅固に思える繋がりが実は大したことなく、どうでもいい人に限って腐れ縁が続くのも良くあることだ。
そしてこれは非常に個人的なことなのだが、高校に入ってからとその少し前の時期に仲良くなった人たちとは、なるべく疎遠になりたくないのだ。
今の自分が形づくられたのは、そのとき以降である。もちろん、人は人と出会って変化してゆく。すなわち、この人たちが今の自分を作ったのだとも言える。
しかも運良く、周りの人間に恵まれたため、その恩恵を十分に受けた。一言で言えば楽しかった。

2006年10月 8日 (日)

ボサノヴァについて

今、ボッサにハマっている。それ以外全く聴いていない。
ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、アストラッド・ジルベルト、スタン・ゲッツ、セルジオ・メンデス…
ボサは全く飽きないし、いつ聴いても素晴らしい。
ボサはガットで弾くべきだが、もちろん持っていないのでテレキャスターで弾いている。
俺はいつかジャズギターを学んでみたいが、今はボサのコードワークを楽しむとする。
誰かボサ・バンドをやらないか。欲しい音は木管楽器、ピアノ、ベース(なくてもいい)、ドラム(なくてもいい)、歌(なければ俺)。
誰か涼しげでラテンの息吹を感じるアンサンブル・セッションをしましょう。

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