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2007年4月30日 (月)

ロマンセ

僕の好きなあらゆる人たちよ、どうか夢追うことを忘れないで。我が道を歩き続けて。
僕らの絆は緑色。平和の色は自然の色、自由の色は夏の色。遠いスペインのロルカのように、唄おうよ、“緑の風、緑の枝よ”。
僕らの思いは青の色。空の色は優しさ、海の色は誠実。南の島の人たちみたいに心ゆくまで青に触れよう。
僕は友達が大好きさ、人生の一部は彼らのもの、彼らは僕を知ってるし、一緒に時間を光速で駆け抜けたんだから。
だから友よ、どうか夢を見続けるんだ、他人事になれないよ、胸を張って再会しよう。
心が通えば血が通う、人間だって、地球だって。

2007年4月29日 (日)

サムシング

高校に入ってから学んだいくつかのこと。

どこかに必ず自分の理念に共鳴してくれる人がいること。どこかに必ず共鳴できる信念を持つ人がいること。面白い人は必ずどこかにいること。もちろん汚い人は多いこと。倦怠が最も悪であること。

ああ、楽しみだ。自分を試していこう。どっちにしろ、そういう宿命なんだ。もう帰らない、帰れない。とことん面白い人と出会って、面白いことをして、面白く生きよう。
賭けに出る勇気を失いたくない。動き続ける情熱を失いたくない。古今東西への知識を失いたくない。一人の人への誠実を失いたくない。

準備はこの一年で終わりだ。

2007年4月24日 (火)

セルジオ・メンデス&ブラジル'66の音楽について

そもそも1960年代にこれほど洗練された音楽をやっていたバンドがいたということは、この頃の荒々しいアメリカン・ロックばかり聴いていた僕にとっては新鮮な驚きだった。
もちろん、スウィンギング・ロンドンなこの時代、洗練されてモダンなものばかり求められ、今でもその輝きを失っていないものばかりだが、こと音楽については、曲の良否に関係なく、野暮ったいものが多い。それはきっと、青臭い若者が歌うロックというものの一つの本質なのだろうが…。
そんな中、セルジオ・メンデスの音楽を聴いたわけだが、もう一遍に魅力されてしまった。
このバンドの一つの大きな魅力は、ポップスにしろバラードにしろ、二人の女性ボーカルが良い効果を出していることだ。この二人のボーカル…ラニ・ホールとカレン・フィリップの存在こそが、ラテンとアメリカンポップスを上手い具合に融合させ、かつポップス寄りにできた最大の要因だろう。
にしてもセルジオ・メンデス自身は時折自身の過去のジャズピアニストに戻ったような黒いフレーズを弾くのだから、実に面白い。
どうもこのブラジル'66というバンドは、ボサノバとポップスの融合という売れる妥協と、セルジオ・メンデスの亡霊としてのジャズをアウフヘーベンさせたものなのではないだろうか。

2007年4月23日 (月)

情報

西洋哲学に関しては難解だがそれなりに見通しが経ったのでとりあえずは安心だ。唯物論の系譜は特に気にしようと思う。ケインズ・ウェーバーの経済学とユング・フロイトの心理学にも手を出さなければならないだろう。
東洋思想については陽明学を打ち込もうと思う。もちろん、他の儒仏道も修めていかなければならない。
自然科学についてはアリストテレスやユークリッドやアルキメデスらの成果を拾い、そこから天文・物理・生物を中心に進む。共通の道具として数学も必要である。
文学は露伴・鏡花・寅彦を中心に進めていこうと思う。ランボーの見者についても考察しなければならない。
見通しの過程でいくつかの問題も提起された。論理学を腰を据えてやらなければならないこと、レトリックの技術を研鑽する必要があること、編集術を体得しなければならないこと…この3つだ。自分に足りない部分は早いところ認識して対応しなけれはならない。
歴史学はかなり応用が効いた、一つの道具としても非常に有益だった。既に修めておいたおかげだ。

少なくとも、十代のうちには一通りやっておこう。

知の高みへ。

太陽を知らない人は不幸だ。
こんなに光に溢れたものがあることを知らないから。

太陽みたいな人に会ったことのない人は不幸だ。
目に映るものが暗くぼやけて、はっきりと見えないから。
そういうことってあるだろう。
僕は太陽崇拝者。

2007年4月22日 (日)

夢記

とっても理不尽で、不条理な世の中だ。

恵まれた俺には何言う資格はないが、その涙の分、必ず俺が頑張るから、必ず成し遂げるから。

ああ、限界までやろう。死ぬ気でやろう。
見ててくれ、見れないなら想像してくれ。

哲人舎

野望を持った連中。

むかし、三国志や水滸伝の英雄豪傑の物語を読み耽った。
歴史の表舞台を縦横無尽に疾駆する、その大きさ…
いつか必ず、飛び出そう。

2007年4月21日 (土)

清話

一介の坊主頭と天下国家を論じた。
自分のことだけで精一杯であるわけにはいかない。
男たちよ、志を持たねばなるまい。測天去私までいかなくても、天下を案じて行動すべきだ。
果たしてそのためにも、俺は俺の学問、思想を完成させなければならない。無知でいられない、無視はできない。思想の充実を待って後、行動に出る。
俺は勝海舟を尊敬している。海舟のような大人物になれるよう。

2007年4月20日 (金)

アメリカ

一億くれても、俺の人生はやらん。

2007年4月15日 (日)

デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学の差異

ついにマルクスの学位論文をゲット!
エピクロスの子孫たちを追っていくぞ、唯物論は死なない死なない。

メモリアル

忘れたら思い出せ。
この島にはこの国が載っている。
ノマドの血は絶えたのだろうか。
あらゆる人は故郷を追われた人。自分の土地から遠い人も、近い人も、だ。空間の問題は大したことはない。記憶の距離が問題なのだ。
地上の歓びによってのみ、甦る歓喜の日々。
“在った”ーーー観念の領域じゃない、唯物論。現実に、在ったのだから。
目隠しされていることに気づかない生。闇を光と思い込む。
一瞬でも帰るために、生きるのだ。
この国には、この人が載っている。据え付けの家具。
牙を抜かれないように!

2007年4月10日 (火)

吐露

ああ、好奇心で胸がはちきれそうだ。

たまたま俺たちの後ろには文明が開いて四千年の歴史が広がっている。
たまたま俺たちの地球は620平方キロメートルの表面積を誇っている。
四千年間の面白いものと620平方キロメートル間の面白いもの。
世界は面白いものばかりだ。

2007年4月 9日 (月)

『国家』

プラトンの『国家』をついに読了した。圧巻だった。
そこにプログラミングされた“国家”のマスタープラン…それは古代とは思えぬほど精緻なものだ。
完全なる正義の国家、プラトンは作中にそれが実現可能であるということを何度となく証明しておきながら、「それはおそらく理想的な範型として、天上に捧げられて存在するだろうーーーそれを見ようと望む者、そしてそれを見ながら自分自身の内に国家を建設しようと望む者のために。」などとソクラテスに言わせている。
つまり、『国家』はプラトンにとっての「現実」…アカデメイア経営を意味しつつも、後世の僕らにとっての「現実」…「自分自身の内に国家を建設しようと望む者」のための企画書であったのだ。自分自身の内に国家を建設すること、すなわち想起すること…「探求するとか学ぶとかいうことは、じつは全体として、想起することにほかならないからだ。」『メノン』…であった。
イデアにおいて見聞きしたが忘れてしまったものを現実の世界で学び、それを思い出すこと、それが想起の思想だ。まさにプラトンは国家のイデアを創出したという言い方も、あながち悪くない気がする。
そもそもプラトンにとって、国家とは切っても切れない関係であった。高貴な家庭に生まれたプラトンは、他の子たちと同じく当たり前のように政治に関心はあったようだが、彼はまずレスラーになろうとした。しかし果たせず、次に作家になろうとしたがまたもや果たせなかった。失意のうちに青春を過ごしていたのだ。
そんな中、ソクラテスと出会い、この老人の人格、生き方、哲学すべてに魅了され、弟子となる。
しかしなったのもつかの間、ソクラテスは「青年を腐敗せしめかつ国家の信ずる神々を信ぜずして他の新しき神霊を信ずるが故に」という冗談半分のような訴状のために死刑判決を受け、逃亡の可能性が多くあったに関わらず、自ら毒杯を仰いで死んだ。
まさにこの時から、プラトンにとっての正義の探求、国家の探求は始まったと言えよう。
それからプラトンは放浪して対話篇という構想を起こすことになる。プラトンの哲学が始まったのだ。プラトン哲学にピタゴラス派やオルペウス教の影響が強いことは周知の通りだが、やはりすべての出発点はソクラテスの刑死であったのだ。
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」という『クリトン』でのこの言葉、善く生きるためにプシュケー(魂)を練磨するソクラテスを端的に表しているが、それだけでは駄目だとの冷徹な思想をプラトンは師の死で学んだのだ。その善き魂に見合う国家が必要なのだと。
こうして『国家』では正義のプシュケーに正義の国家が重ねられる。そして正義のプシュケーを持つ正義の人とはすなわちソクラテスその人であった。
最後のエルの物語は善の報酬についての話だが、これこそまさにソクラテスに捧げられているのではないだろうか…エルとはすなわちソクラテスその人と言っては言い過ぎかもしれないが、とにかく死後の善の報酬のイメージとはソクラテスそのものであるはずだ。

2007年4月 8日 (日)

フィロソフィア

本当にいろんなことがあった。
おかくれの連中も千音寺を頑張っているし、励みになるな。
ヤンキースの松井が、「松井も頑張ってるし、俺も頑張るか」と思われるのが一番嬉しいと言っていたが、まさにそういうのって身近にある。
親父も頑張ってるし、俺もやるか。部活の連中も大変そうだな、俺もやらなきゃ。あいつも意外に努力してんな、俺も負けないぞ。ソクラテスの信念は激しいな、せめて俺もその十分の一の強さを持とう。勝海舟は偉いな、俺も大志を抱かなきゃ。

あらゆる人が俺を高めてくれる。二千年前のギリシャ人も、百年前の英傑も、映画の中のヒーローも、昔馴染みの旧友も、新しい親友も、両親先生先輩後輩、まったく偉い人ばかりだ、偉人ばかりだ。小さな偉人だ。
そういう態度ってとても大事だろう。俺たちみんな、繋がってるんだ、言葉でじゃなく、フィロソフィアで。

2007年4月 7日 (土)

神の国

ああ嬉し ああ嬉し
僕はとっても幸せだ
こんなに素敵なことはない
力が溢れ、生きる心地がする
恵まれた日々に感謝しよう
あらゆる周りの偶然とあらゆる周りの努力のおかげ。
これで頑張らなければ、何のために生かされているのか。
だから男よ、志を為せ!

2007年4月 6日 (金)

物語

七十年なら一瞬の夢さ、なんて歌を思い出すほど、あっという間の歳月だった。
今のところ順調に、今と未来のバランスを保ってこれた。やりたいことはやる、しかし明日を考えて。

桜は散り、日は沈む。草は枯れ、人は死ぬ。
わかりきっていると言って、わかってない人は山のよう。人生七十年、僕らは大体二十年も生きた、だからあと七分の五の命。1日に換算すれば、僕らは七時間が過ぎた。ちょうど朝だ。まさにこれから1日が始まらんとしているのだ。まだ寝続けているものはいないか?もう朝だ、出発の時だ。
睡眠という滋養は十分にとった、あとは朝食を食べるだけである。
そこから昼まで、飯はない。睡眠と朝食のエネルギー補給だけで、昼までー八年近くーを動き続けねばならない。
もちろん、朝食を無理に詰め込んだり、急いで食べたりは厳禁だ、体を破壊する。やはり、栄養豊かな、無理ない食事が一番良い。
さあ、それが出来ているか?昼まで持つエネルギーは蓄えられつつあるか?

星には王が住み、水平線には神が宿っている。

2007年4月 3日 (火)

終わりなき夏

tangerine…Led Zeppelin…

夏が近づいている。まだ4月でないかと言うであろうが、俺は夏には過敏なのだ。
夏には何があるかと言えば、革命がある、衝撃がある、激情がある。俺も、そんな夏の激しさに容易く人生を変えられてしまった者の一人だ。
夏には思想がない。あるとすれば、それは有無を言わさぬ思想というものだ。人々を熱狂へ駆り立てる、熱帯の異教の風。
ダンス、ダンス、ダンス。呪術的なアフリカのリズムもまた、夏のものだ。
思想なき革命!ダンス、ダンス、ダンス!つまりロックンロールである。夏に無関係を標榜するロックがあれば、それはロックではない。ただの大衆音楽だ。
季節を光速で駆け抜けよ。アルチュール・ランボーのように。地獄の季節。
タンジェリン、それは真っ赤に燃えている。恋と革命、斜陽の叫び。
夏に賭けよ、夏に駆けよ!青春の季節は春でない、夏なのだ。たまに、秋が来るのを、夏が終わるのを受け入れられない人々がいるが、そういう人々の採る道は一つしかない…死だ。ブライアン・ジョーンズ。
青春とはかくも残酷である、青春では居続けられないのだから!かくして、夏の時代は息絶えたのだ。
しかし、季節は巡る、時代は変わる。夏こそ来たれ、地獄のように灼熱たる季節よ、来たれ!

2007年4月 2日 (月)

自然

分け入ること。自然学。曼茶羅。
ゲーテ。寺田寅彦。エピクロス。マルクス。タオイストたち。
哲学と幾何学、自然学と数学。アリストテレスとプラトン。

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