« フィロソフィア | トップページ | 吐露 »

2007年4月 9日 (月)

『国家』

プラトンの『国家』をついに読了した。圧巻だった。
そこにプログラミングされた“国家”のマスタープラン…それは古代とは思えぬほど精緻なものだ。
完全なる正義の国家、プラトンは作中にそれが実現可能であるということを何度となく証明しておきながら、「それはおそらく理想的な範型として、天上に捧げられて存在するだろうーーーそれを見ようと望む者、そしてそれを見ながら自分自身の内に国家を建設しようと望む者のために。」などとソクラテスに言わせている。
つまり、『国家』はプラトンにとっての「現実」…アカデメイア経営を意味しつつも、後世の僕らにとっての「現実」…「自分自身の内に国家を建設しようと望む者」のための企画書であったのだ。自分自身の内に国家を建設すること、すなわち想起すること…「探求するとか学ぶとかいうことは、じつは全体として、想起することにほかならないからだ。」『メノン』…であった。
イデアにおいて見聞きしたが忘れてしまったものを現実の世界で学び、それを思い出すこと、それが想起の思想だ。まさにプラトンは国家のイデアを創出したという言い方も、あながち悪くない気がする。
そもそもプラトンにとって、国家とは切っても切れない関係であった。高貴な家庭に生まれたプラトンは、他の子たちと同じく当たり前のように政治に関心はあったようだが、彼はまずレスラーになろうとした。しかし果たせず、次に作家になろうとしたがまたもや果たせなかった。失意のうちに青春を過ごしていたのだ。
そんな中、ソクラテスと出会い、この老人の人格、生き方、哲学すべてに魅了され、弟子となる。
しかしなったのもつかの間、ソクラテスは「青年を腐敗せしめかつ国家の信ずる神々を信ぜずして他の新しき神霊を信ずるが故に」という冗談半分のような訴状のために死刑判決を受け、逃亡の可能性が多くあったに関わらず、自ら毒杯を仰いで死んだ。
まさにこの時から、プラトンにとっての正義の探求、国家の探求は始まったと言えよう。
それからプラトンは放浪して対話篇という構想を起こすことになる。プラトンの哲学が始まったのだ。プラトン哲学にピタゴラス派やオルペウス教の影響が強いことは周知の通りだが、やはりすべての出発点はソクラテスの刑死であったのだ。
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」という『クリトン』でのこの言葉、善く生きるためにプシュケー(魂)を練磨するソクラテスを端的に表しているが、それだけでは駄目だとの冷徹な思想をプラトンは師の死で学んだのだ。その善き魂に見合う国家が必要なのだと。
こうして『国家』では正義のプシュケーに正義の国家が重ねられる。そして正義のプシュケーを持つ正義の人とはすなわちソクラテスその人であった。
最後のエルの物語は善の報酬についての話だが、これこそまさにソクラテスに捧げられているのではないだろうか…エルとはすなわちソクラテスその人と言っては言い過ぎかもしれないが、とにかく死後の善の報酬のイメージとはソクラテスそのものであるはずだ。

« フィロソフィア | トップページ | 吐露 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/85610/6033106

この記事へのトラックバック一覧です: 『国家』:

« フィロソフィア | トップページ | 吐露 »