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2007年5月17日 (木)

コインロッカー・ベイビーズ

我々は何処から来たのか。我々は何者か。我々は何処へ行くのか。


ーゴーギャン


過去に向かう「遠いまなざし」というのがある。人間だけに見られる表情であろう。


ー三木成夫『胎児の世界』

冒頭のゴーギャンの絵画のタイトル…これに僕は惹かれてやまない。思えば、これのゆえにここまでやってきた、そんな気もする。
僕にはある直観がある。いつか、何もかもかなぐり捨て、このゴーギャンの問いを自ら確かめに行くような、そんな気がする。1日のノスタルジーが、一生を滅ぼすのだろうか。
血からは逃げられない、何処へ行こうと、地球の歴史を背負った血液が、僕の体を今も脈打って流れているのだ。血の衝動に逆らうことはできない。
あらゆる人に関係する話だ。南の島から流れ着いた椰子の実に、己の血の記憶を重ねる人がいる。月夜の砂漠の風物に、遠い血の源流を求める人がいる。
我々は何処から来たのか。我々は何者か。我々は何処へ行くのか。


さて、本題に戻ろう。
妖気溢れる夢野久作の『胎児の夢』…その理論が、天才・三木成夫の手により現代に復活したのだ。
三木は胎児の顔に着目する。そして、胎児の顔がフカ→ムカシトカゲ→ナマケモノと変遷していることを喝破する。胎児の顔を正面から描くと、こんなにもグロテスクになるとは…
そして、あらゆる陸上生物はその胎内で歴史の再演ー脊椎動物の上陸劇ーを行っているのだと言い、傍証を挙げてゆく。両生類は胎内でなく成長過程で上陸劇を行っているとさえも述べる。


三木の天才はここから更に展開し、森羅万象はリズムであると論を進めるが、それはまたいつか触れることにし、時空と故郷の旅を続けよう。


記憶。三木成夫は堅い椰子の実の殻を割って汁を吸ったとき、思わず「俺はポリネシアから来たのだ!」と叫んだという。
ユングの言うように民族の記憶が遺伝するならば、あり得る話であろう。確かに、直観に科学的根拠はない。しかし、それはパスカルの言う繊細の精神に近い、合理性を抜き去った神秘の感覚である。血の声である。
冒頭の詩人は、そのゆえに言葉を吐いたのだ。いずれの日にか、国に帰らん…


全ては生き方の問題だ。近代が始まってからというもの、人間は古代の記憶をなくしてしまった。
自分たちにとって自然とは何なのか、命とは何なのか、生きるとは何なのか…
生活は考える暇を与えず、思考停止がさらなる悪夢を生む…草は枯れ、海は腐る。
何もかも忘れてしまったのだ。自分たちがどこから来たのかさえも。胎児は叫んでいる!

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