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2007年6月29日 (金)

Get it while you can

誰にも理解されなくたっていい。フール・オン・ザ・ヒルでいい。いつか会えるからいい。ベンツなんかいらないからいい。がんじがらめにされてないからいい。自由だからいい。


自由ってことは
失う物が何もないってことね
自由でなけりゃ、なんにも
なんにも意味はないわ


そう、そう。
ひとまずは書物の海に身を投じるとして…それをいつ抜け出そう。書物は手段であって目的でないんだ、今のところ。人生で一番熱い季節へ…備えるために。
一度炎がピークに達したら、再びピークに帰ることは不可能だろう…人間は消耗品なのだから。いつピークに達するかなんて誰もわからない、だから備えるのだ。
歴史の波はいつ荒れるかわからない…何の準備もしていないのに、事件の渦中へ押し流すことがある。ディドロも、マルクスも、荒畑寒村も、レーニンも、ミック・ジャガーも、およそ史上のほとんどの人間が、そうだ。そのとき、俺に何が出来る。そう考えると、いてもたってもいられないのだ。

ロックンロールを取り戻せ

根っからの体育会系にロックンロールは不要である、いやむしろロックできっこない。
そもそも根っからの体育会系は幼少から女生徒たちの注目を集め、クラスを支配する強者の連中である、これはもう伝統だ。
そして時折、ロックンロールは彼らのようなー筋骨隆々な強者たちーが更に自己をカッコ良く見せるためのアイテムだと勘違いしている人を見かけるが…それはまやかしだ、ロックンロールなんてものは抑圧された弱者の、最後の抵抗手段に他ならないからである。
だいたい、ロックスターなんてジミー・ペイジみたいな文化系インテリばかりだ。ジョン・レノンもミック・ジャガーもそうだし、ジミ・ヘンドリックスやカート・コヴァーンだってそうだ。レッチリのような連中でさえ、例えばジョン・フルシアンテが瞑想にハマっているように、オタクと大差ない。
だいたい、幼少から強者だったような連中は、本なんて読まない。読まなくったって女にはモテるし、抵抗する相手なんかいないのだから。
だから、彼らにはミック・ジャガーがマリアンヌ・フェイスフルから借りたブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を一夜で読んで「悪魔を憐れむ歌」を作ったことなんて理解できないし、ビートルズがインドへ瞑想ツアーに行ったことも、ジミー・ペイジがケルトの神秘主義に没頭したことも、マーク・ボランが黒魔術マニアだったことも理解できないに違いない。
だいたいロックミュージシャンはそういうオタクばかりなのだ…本の虫みたいな連中も多い。ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイやルー・リードは文学者バロウズのもとへ押し寄せ、ブライアン・ジョーンズの詩の際はミック・ジャガーがシェリーの詩を読み、ジム・モリソンはアルチュール・ランボーに酔いしれ、ピート・タウンゼンドなんかオペラを書き出す始末…


…なんてことを、考えた。でも俺は、“僕はこう見えてもこんなにいろいろ悩んでて、こんなにいろいろ考えてるんだ”ってアピールする人間は嫌いだ。ひたすら他者も読める日記に自分の悩みや苦労を書いて共感や憐れみをさせるような、そんな連中は嫌いだ。
そんなのには自分を姑息に表現している、と言いたい。本当の表現はそんなものではない、もっと熱く、体中を電流が流れるようなものであるべきだ。それこそが、人に何かを本気で伝えるということではないだろうか。


とりとめがなくなったところで、おさらばする。

2007年6月27日 (水)

オズの魔法使い

ひょんなことから、この映画とは因縁浅からぬものになってしまったのだが、改めて思い返すに、本当に素晴らしい映画であった。
ジュディ・ガーランドの歌う「虹の彼方に」は言うに及ばず、印象的だったのはセピア色で表された現実界から魔法の国に移りカラーに変わるシーンで、観ていると「こんなの戦前にやれる国だ、こりゃあ日本なんかが戦争して勝てるはずがないな」って思ったりもした。
『オズの魔法使い』のような、子供が異世界に行って成長する、というのは『不思議の国のアリス』だったり『ライ麦畑でつかまえて』だったり『スタンド・バイ・ミー』だったりするわけで、これはもう永遠普遍のモチーフなんだろうけど、『オズ』の斬新さは、実は自分たちの求める大切なものは、既に持っていたんだ、と最後に気づかせる点である。
すると、「自分探し」っていったい何なんだ、って思えてくる。どこかへ行くと、何かをすると、成長する、自分が見つかる…そんなのは僕らの思い上がりに過ぎない、幻想だ。
今ここで、懸命に生きていなければ、どこへ行っても何しても、きっと何も変わらないのだろう。
そんなことを考えさせられる、素敵な映画であった。

2007年6月26日 (火)

命日

今日は、我が愛するクリフォード・ブラウン(1930〜1956)の命日ということで、大好きな『クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス』を聴く。久しぶりにマリア・カラス以外を聴いた。
ああ、力強くも繊細なクリフォード。26歳の誕生日を迎えずに逝ったクリフォード。結婚してちょうど丸二年だったという…
彼を思うとき、僕は…真っ赤に燃え尽きて死ぬ、斜陽が目に浮かぶ。火の玉のような人生だったクリフォード、今はもう、宇宙に浮かぶ星屑だ。

2007年6月24日 (日)

女の子

ヘレン・メリル。エラ・フィッツジェラルド。マリア・カラス。ジュディ・ガーランド。ライザ・ミネリ。ジャニス・ジョプリン。ナラ・レオン。


あー、イイねえ。一生モノ。

2007年6月23日 (土)

反抗と革命

五木寛之の『デラシネの旗』を読み終えた。予想していた挫折感はなく、爽やかな読後感だった。
革命というテーマ、それは長いこと自分の血液を巡っていて、それなりに物がわかってきても、どうしても根幹は抜け出せずにいる。
思えば自分の遍歴の根底には、常にこうしたアナーキズムが存在していたように思う。中学時代のロック・ミュージック黄金期の衝撃、アメリカン・ニューシネマの反逆心、柳田国男の言う非常民・山人への興味、網野善彦の言う中世の「悪党」たち、修験道、平将門、そして「縄文文化」の“非日本性”というこれら日本のアナーキズム、沖縄の歴史を学んだが、それにも熱くなった、特にアルチュール・ランボーであった退廃の近代フランス文学にも惹かれ、パリ・コミューン、レジスタンス、パリ5月革命にも当然興味が行き、高校に入ってからは太宰治を片っ端から読み、やはり『斜陽』の壮絶な「恋と革命」に打たれ、学生運動やスペイン内戦、チリのクーデターに興味を抱き、五木寛之のデラシネやジプシー精神にも惹かれ、マイノリティへの関心が爆発してアメリカ・インディアンの伝承を読み、沖縄・アイヌも改めて見直し、古代史に熱中し、音楽の趣向もブルース色の濃いものへと移り、第三世界の音楽にも興味を持ち、中原中也と寺山修司を好きになり、改めて東洋文化を見直し仏教・ジャイナ教・ヒンドゥー教に興味を持ち、哲学を志してからはプラトンの『国家』に
おける屈折した国家観に惹かれ、エピクロスールクレティウスにのアナーキズムに熱中し、ニーチェのディオニュソスに縄文文化を重ねて大いに共鳴し、マルクスには可能性を感じ続け、ゲーテや三木成夫の科学にも感心し、エコロジー思想を抱きだしてもエコロジー思想はアナーキズムを抱えていると感じているし、つまりもう自分の足取りは自分の中のアナーキズムに誘導されてきたというのに近いものがある。

もうこれが俺の宿命というなら、死ぬまでこの精神を抱き続けよう。別に恥じるつもりはない、どうせ人間には何かしら原動力がいるのだ…腹の底から突き動かされるエネルギーが。


コミュニストの赤旗でもなく、アナーキストの黒旗でもなく、俺は緑と青の旗を掲げよう。これが俺の反抗声明だ。

2007年6月21日 (木)

実は

更級日記が、一番好きな文学作品。
本当いろいろ読んできたけど、これより素晴らしいのは、まだ知らない。
いろんなエピソードが、心に切なく響く。霧の中に倒れた薬師如来に涙する13歳、どうしようもなく物語が読みたい文学少女。
こんな瑞々しい文学少女を古典に持てて、日本人で良かったな、と思わせられる。

いつか見む 異国の夜に さらしなを 彼方の思ひ 我は忘れじ

2007年6月19日 (火)

若き五木寛之

昨日行った古本屋に、五木寛之の全集が一冊二百円で売っていたので、一巻の初期作品集を買った。
『さらばモスクワ愚連隊』『蒼ざめた馬を見よ』『ダラシネの旗』などが収録されている。
実は俺は『ダラシネの旗』が読みたくて仕方がなかったのだ。絶版だったので、なかなか得る機会がなかったが、これでやっと読める。
この小説に固執するわけは、これがパリ五月革命を描いたものだからだ。
パリ五月革命、それは非常に興味をそそられる事件で、優れてセンスのある落書きやポスターは魅力があるし、サルトルが擁護したのも気になるし、それにミック・ジャガーがパレードに参加していたりするのだから、実に面白い。
この革命の落書き集である『壁は語る』は古書で手に入れたし、あと頼りになる文献は、五木寛之のこの小説ぐらいだったのだ。
60年代の五木寛之は、熱い。めちゃくちゃカッコつけているのだが、実際めちゃくちゃカッコいいのだから仕方がない。それに時代のタイム感がありありとしていて、時代精神を受け取るには丁度良い媒体だ。
未読の人は是非とも読むといい、きっと、自分の中にくすぶっているものに、火をつけてくれるはずだ。ハートに火をつけよう。

2007年6月17日 (日)

確かなもの

年を重ねるうちに段々とわかってきたことは、この世に無批判で受け入れられるものはほとんどないということだ。

昔、まだ世界に対して知識が希薄だったころは、僕がいま学んでいるのは正しいことなんだ、僕がいま聞いたことは確かなことなんだ、と無批判にもそう信じた。

しかし今は違う。信じたものの実態をこの眼で見ると、醜い姿がそこにあったー…そういうことを何度か経験したし、確かめなくとも、調べれば怪しさを露呈するものとも何度か遭遇した。

だから結局のところ、こう結論せざるをえなかった。“この世界に確かなものは、多分ほとんどない”、と。


デカルトはあらゆるものを疑い(方法的懐疑)、結局本当に確かなものは自分がいま思惟している精神しかない(コギト・エルゴ・スム)とした。確かにデカルトがこの境地に至ったことは、理解はできずとも共感は出来る。確かなものを感じられないのだから。
人が宗教へ向かう理由も良くわかる。ある宗教の教義は、その宗教という世界の中において、絶対的に正しい、確かなものだ。だから、確かなものに触れて安心を覚えたければ、信仰を持てばいいのだろう。リルケの詩のように、神に支えられるのだ。

しかし、宗教なんかに頼らずに、もっと確かに生きていくことはできないのだろうか。それにはとにかく、絶対的なものを少しでも持つこと…なのではないだろうか。
絶対的に愛せる家族、絶対的に信頼できる友人、絶対的な自然法則、絶対的な真実…そう、この絶対的な真実を探求するものこそ、哲学だ。僕らは哲学しなければならないのである。哲学は、それを勝ち取るための戦いだ。

しかし、これら絶対的なものを持ちつつ探しつつ生きても、信仰者ほどの安静は得られないだろう。こちらはどうも不安定だ。
だが、きっとこれでいいのだ。あとはいろんなことを、一つ一つ吟味して真偽を確かめつつ、一瞬一瞬を確かに生きるしかない。そしてそれこそが、善く生きるというものではないだろうか。ねえ、ソクラテス。

2007年6月15日 (金)

夢を紡ぐ者

いつか、まとめてみようと思うことがけっこうある。その中でも、とびきりロマンに満ちたものがある。


歴史的な観点で「夢を紡ぐ」、ということは、決してポエティックな表現のみの存在ではない。歴史は本当に、紡いでいるのだ。
哲学史や科学史なんかは特にそれが顕著で、例えばプラトンの夢を紡いだのはプロティノスでありアウグスティヌスであり、もしくはトマス・モアだったりライプニッツだったりマルクスだったりするわけだ。これはイデアの夢の場合である。
さて、中でも哲学・科学を貫く夢の祖と言えばピタゴラスである。伝説的なマテマティカル・マジシャンだ。
ピタゴラスは数学の美しさを初めて発見した人物だった。そして、ピタゴラスにとって世界は数であった。だから、世界は数学的に美しくあるべきだ…
こうして、ピタゴラスの夢が発動する。ピタゴラスは音の数学的規則性を発見し、それを宇宙に応用しようとした。宇宙は、おのれの規則性から発する、耳には聴こえない壮大な交響曲を奏でている。
ピタゴラスの夢はそんな美しい、数学的調和のとれた世界だった。その意志はピタゴラス教団に受け継がれたにちがいない。


その後、哲学史の巨人プラトンは、ピタゴラスの夢を受け継ぐことになる。
プラトンは最初、ソクラテスの夢を受け継いだ。愛すべき師が目の前で国家に殺されて、その哲学を継いだのだ。
しかし、プラトンにはこれが転機になった。失意のうちに旅を重ねるうち、ピタゴラス教団と交わることになったのだ。そうして、その教義の美しさに打たれたにちがいない。プラトンはピタゴラスの哲学をも取り込んだのだ。
こうしてアテネに戻ったプラトンはアカデメイアを建設、教育と著作に専念する。
そして、プラトンは『国家』を書いた。師を殺した国家への疑問、その答えを出そうとしたのだ。その本編の最後に「エルの物語」を置いた。そこで描かれた死後の世界は、まさにピタゴラスの夢そのもの…幾何学的に美しい、調和の世界だった。その宇宙からは、星界の音楽ハルモニアーつまり宇宙のハーモニーであるーが溢れていた。
これが、ソクラテスの夢とピタゴラスの夢を合わせた、プラトンの夢であった。


時代が下って古代ローマに、キケロが夢を紡いだ。彼はプラトンを意識していたのだろう、同名の『国家』の最後の「スキピオの夢」だ。
そこではポエニ戦争の両英雄、祖父の大スキピオから孫の小スキピオへの夢という、非常に美しい形式でピタゴラス的調和の世界が描かれる。
キケロは、スキピオの夢としてピタゴラスの夢を、プラトンの夢を、キケロの夢を語ったのだ。こうして夢は紡がれた。


ヨハネス・ケプラー。三十年戦争時代のドイツを生きた天文学者。彼が、たぶん最後の、ピタゴラス主義者であった。
コペルニクスからガリレイ、ケプラー、ニュートンと流れる科学革命の時代、中心は最古の科学たる天文学であった。
もともと天文学は占星術や神秘主義と密接で、コペルニクスですらヘルメス・トリスメギストスの神秘思想から地動説を思いついたほどなのだ。
そしてケプラーは徹底したピタゴラス主義者だった。彼はいわゆるケプラーの三法則の発見も、ピタゴラス的世界観を保証するものとしたし、著作にも『宇宙の神秘』『宇宙の調和』というピタゴラス的宇宙を解説したものがあった。
ケプラーは、天文学を使って、宇宙に響き渡る荘厳な調和の交響曲を、数学的採譜をしようとしたのだ。

ピタゴラスの夢、プラトンの夢、キケロの夢、ケプラーの夢。その世界は確かに真実ではない、しかし、どうしようもなく、美しいのだ。

2007年6月11日 (月)

さる

さるはいつも
人間のお尻を見つめてゐる
それが尾だつたころの夢を見て


さるよ
お前を見てゐると
さういう人生もあつたのかと
柄にもなく思うことがある


さる
楽しそうに温泉に入るお前
酔つぱらつた気のいい親父のやうに
お前は顔を赤くして、何かに遠慮しているね


さるよ
進化をゆずつてくれて、どうもありがたう。
だから恥ずかしくないやうに、生きます。

2007年6月10日 (日)

指馬為鹿

湯水のように金を使っても
馬鹿につける薬はない
大言壮語は何より上手く
実現するのは百年後なのか?
隣ばかり見て安心し
半端に頑張り半端に満足
本気を出したの生まれる前で
今生は妥協にするのかね
旨いもの食って
寝るだけ寝たら
満足なのか
俺なら迷うことなく
そんな人生は掃き溜めに捨てる
どんなに立派なことを言っても
もはや誰も信じまい
魂を倦怠と交換してしまったのだから。

2007年6月 4日 (月)

マテリア

僕の知的冒険はマルクスを包囲することに全力を賭け始めた。
もちろん、マルクスを完全に捉えきるにはもっと時間を要するだろう。僕がしたいのはマルクスを嗅ぐことだ。知覚せずとも感覚したいのだ。
唯物論を体に馴染ませる、そのためにエピクロス、ルクレティウス、スピノザ、のように唯物論の系譜を辿る必要があったのだ。
もちろん、マルクスの前にはフォイエルバッハがいるし、アルチュセールのマルクス解析も、そこからのドゥルーズ=ガタリもまたしかり。

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