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2007年7月30日 (月)

スサノオ遊学3

徐福。秦の時代に実在した方士である。始皇帝が晩年に不老不死の仙薬を追い求めたのは有名だが、徐福にもこの仙薬探しを命じたのだ。
徐福は少年少女三千人と穀物の種を始皇帝からもらったというのだから、たぶん徐福は最初から仙薬などアテにしていなかったのだろう、案の定徐福は東海へ仙薬探しに出発して以来、二度と帰ってこなかったという。『史記』にはそうある。
で、日本の各地にこの徐福が上陸したという伝説があり、最も有名なのが熊野と富士の上陸伝説なのだ。
秦の国が陳勝呉広の乱ののち滅亡した際、その民が朝鮮へ逃げ、秦韓という国を作ったという話がある。辰韓とも書いて、その風俗は倭人に似ていたのだという。
そしてその後この辰韓の土地に出来たのが新羅であった。その新羅から来たのがスサノオであったら、何とも奇妙な符合と言わざるをえない。
スサノオと箕作りに話を戻そう。実はサンカのルーツに朝鮮半島の被差別民を求めるものがあるのだ。
それが白丁とか楊水尺という人々で、箕作りも漂泊もしていたという。スサノオとサンカ、サンカと朝鮮、朝鮮とスサノオ。このトライアングルは、サンカや白丁の資料がほとんど存在しない分、興味をそそられる。箕子朝鮮という王朝もあり、示唆的だ。
さて、とにもかくにもスサノオは出雲に現れ、あの有名なヤマタノオロチ退治という段になる。
ヤマタノオロチは越の国から毎年やってくる蛇の化け物ということで、村の者は若い娘を生け贄に差し出していたという。そこでスサノオは英雄的活躍で首尾よくオロチを撃破、オロチの中から出てきた宝剣・アマノムラクモノツルギを手にし、ついでに生け贄の娘をも手にする。
スサノオが放浪の後にこうして活躍できたというのは、典型的なスターウォーズ型神話の体型だ。主人公が貴種で、自分の意志に反して旅立ち、放浪し、最後には勝利する、という。ちなみにジョージ・ルーカスがスターウォーズに神話をかぶせたのは、彼が文化人類学者のジョゼフ・キャンベルの弟子だったからである。
さらに日本には客人(マロウド)信仰というものがあり、これは折口信夫が有名にしたのだが、この場合はもちろん客人はスサノオということになり、だから活躍するのだとも言える。

スサノオ遊学2

このときの描写として書紀の一書は「青草を結束(ゆ)ひて笠蓑として宿を衆神に乞ふ」と書いている。
重要なのは笠蓑を作ったことであり、おかげでスサノオは日本で初めて蓑=箕作りをしたということになっている。
ここで想起されるのがサンカら箕作りの被差別民たちだ。彼らの伝承ではスサノオを自らの親神としていたのがあったような覚えがある。しかし何よりも重要なのは彼らが箕作りの民で、かつ漂泊の民だということだ。これは、スサノオが笠蓑を編んで放浪したという先ほどの記述とまったく符合すると思われる。スサノオの姿にサンカが重なって見えて仕方がない。
実は日本書紀の一書にはスサノオは一度朝鮮半島に降臨してから日本に行ったという記述がある。
このときスサノオは息子の五十猛命を伴っており、新羅のソシモリという所に降りたのだという。ソシモリのソシは牛、モリは頭ということで、牛頭ということらしい。
ところで牛頭天王という仏教・陰陽道系の神がいる。祇園精舎の神だった縁で今は祇園神社に祭られている。スサノオと同体とされている。
牛というところが肝心で、陰陽道では丑寅は鬼門なので牛頭天王は鬼門の神、金神となっている。
陰陽道の源流である中国では、神話にシユウという魔王が出てくる。こいつの実体は牛の化け物なのである。
牛というのが魔王と結びつくというのはしばらく続いたらしく、あの有名な牛若丸にもその片鱗は窺える。というのも牛若丸の別名は遮那王であり、遮那王の由来は伊舎那天という仏神からであり、この伊舎那天と同体なのが知る人ぞ知る仏教世界最強の魔神・第六天魔王のことなのである。
話を戻そう。スサノオは木の種を持って日本に帰り、息子とともに種を蒔いて日本を緑の豊かな国にしたという。だから二人は熊野に祭られ、そこは木の国、後に紀ノ国と書くようになったという。
なぜ上陸した出雲でなくて熊野なんだ?と思う。思えば熊野はイザナミが祭られたところでもあった。イザナミースサノオのラインである。
しかし、これだけでスサノオが共に祭られるというのも変だ。それに朝鮮から来たら対馬海流に乗って山陰に上陸するのが自然である。
では熊野に上陸したのは誰か。2つの有名な伝承がある。1つはあまりに有名な神武天皇の上陸劇であり、もう1つが徐福伝説である。

スサノオ遊学1

さて今回はデモクリトス的断定はせず、エピクロス的可能性として、持てる知識をフル活用して好きなだけ空想の羽を伸ばしてみようと思う。
スサノオ。古事記では須佐之男命、日本書紀では素戔嗚尊と書く。その神話はあまりにも有名である。
神話はまずはスサノオを荒ぶる神・王権に反逆する神として描く。父イザナギのもとから母イザナミのもとへ走り、姉であり最高神であるアマテラスに対して死んだ馬を投げつけたり田畑や神殿を荒らしたりした。このときアマテラスは象徴的に死んだとする説さえある。
ここで感じられるのが、イザナギーアマテラスというインサイトの正統な王統と、イザナミ―スサノオというアウトサイドな異端の王統である。
イザナミはイザナギとの子である火の神カグツチを生んでしまったため、死んで黄泉の国へ去った神である。僕はここで母系制から父系制への革命を感じた。
原始社会はもともと母系制であり、だからこそユングの言うグレートマザーのような女神信仰が生まれたのだが、まさにこのイザナミはグレートマザー・大地母神であった。
しかし父系制となると大地信仰から天上信仰へ、となる。だからイザナギを継いだアマテラスが天界高天原の最高神に、イザナミを継いだスサノオは地に落とされることになる。
さて、さらに話を脱線させよう。五木寛之の『戒厳令の夜』のなかに変性女子・変性男子という言葉が出てきたのを覚えている。主人公たちは古代社会の首長に会うためにその掟にのっとって女装・男装したという話だった。
大本教という昭和の宗教の『玉鏡』という本には、変性女子・変性男子は仏教語で、変性女子は男体女霊、要は体が男で魂が女というやつで、変性男子とは女体男霊、体が女で魂が男というやつらしい。そしてこれを書いた大本教の出口王仁三郎という奇人は自らを変性女子とし、大本教の開祖の出口ナオという巫女を変性男子としている。
これを思うと、天父イザナギのスピリットを受け継いだアマテラスを変性男子、地母イザナミのスピリットを受け継いだスサノオを変性女子とできるかもしれない。ちなみに王仁三郎は自らをスサノオに比した奇行でも有名である。
では話を元に戻す。アマテラスはスサノオの横暴により、ついに有名な天の岩戸に籠もることになる。おかげで世界から太陽が失せたとかいうやつだ。しかし諸神の活躍でアマテラスが復帰すると、神々は協議して元凶であるスサノオを地上へ追放することにしたのだ。

2007年7月29日 (日)

怪獣

日本の怪獣が好きだった。
ゴジラやガメラはほとんどの作品を観たし、ウルトラマンシリーズもよく観た。でもどっちかと言えばゴジラシリーズの方が好きだった。それは、怪獣が主役であったからだと思う。
初代『ゴジラ』は水爆実験により生まれたゴジラが暴れ狂う、という設定により強烈に反戦メッセージを戴いた映画であり、この怪獣特撮映画の先駆けの怪獣が、このように負を背負った悲劇の存在であった、というのはその後の日本の怪獣史にとっては幸福であり、むしろ日本ならではとさえ思える。
というのも、昔から日本には荒ぶる自然神を崇拝する伝統があり、それこそが『もののけ姫』誕生の温床なのだが、とにかくこの荒ぶる自然神を強烈に感じさせたのがゴジラであり、自然を放射能で汚染したことに対して怒り狂っているかのようだった。しかし、ゴジラはその後、勧善懲悪もののヒーローとなってしまった。
ウルトラマンシリーズでは、特に『ウルトラセブン』がゴジラ的社会批判をしており、当時の冷戦を反映して軍事色が強くなったりしている。何より、“侵略”という明確な意図をもっている宇宙人たちも出てきた。
しかしそのように少しシリアスにしたため『セブン』は単なる勧善懲悪ものに終わらず、怪獣は果たして悪であり倒されるべき存在なのか、と問いかけるストーリーがいくつかある。
だが、そのような話で一番有名なのは初代『ウルトラマン』の「故郷は地球」の回、すなわち棲星怪獣ジャミラの話だ。
当時の米ソ間の宇宙開発競争の中、女性宇宙飛行士ジャミラは事故で灼熱の金星に不時着、本国は救出をあきらめ、国際的な批判を恐れたため事故の存在を隠した。
それから、ジャミラが金星で環境に適応して怪獣となり地球に来て復讐しようとしたが、ウルトラマンにより倒される、というストーリーである。
この闘いではウルトラマンや隊員たちは大いに悩み、闘いを躊躇した。そう、相手は同じ地球人なのである。ちなみにジャミラの死の際の断末魔の叫びには、人間の赤ちゃんの泣き声が入っているそうだ。
僕はこのジャミラの話が、どうしても他人事とは思えない。
僕はこの話に、啄木の言う“テロリストの悲しき心”を見る。
関係ない人を傷つけ殺すテロリスト。それは許されざる行為であり、倒されて当然ではある…だが、このテロリストを作ってしまったのは我々サイドの問題なのだ。我々が自己の利益を追って彼を見捨てたせいで、彼はテロリズムに染まり、復讐の銃を市民に向けることとなったのだ。
そんな彼、そしてジャミラを倒すのが本当に正しいことなのか、俺の守る正義は誰の正義なんだ、とウルトラマンは苦悩したであろう。

怪獣とはこのように、差別されて来た者たちや壊されつつある自然の、怨霊だったのではなかろうか。
ウルトラマンは彼らを倒す。折りしも高度経済成長期であり、邪魔な自然神は倒されねばならなかった。
しかし時が経ち公害問題が表に現れ、人間は自然を切り捨てたことを後悔する段に至った。
だが僕らの心から、怪獣を捨て去ることはできない…自然への敬いと恐れがある限り。

2007年7月28日 (土)

疾走する悲しみ

ここ最近、部屋にいるときは常にモーツァルトを流し続けている。
僕はモーツァルトの各種オペラも『アマデウス』も観てないし最近の優れたモーツァルト論も読んでいないのであり、とりあえずいくつかの交響曲と小品、オペラを聴いているに過ぎない。
にしても楽しく、愉快だ。天上に鳴る音楽があるとすれば、それはモーツァルトの音楽に似ているのではないか。
タイトルの言葉は小林秀雄だが、僕が好きなのはやはりこの“疾走感”や“爽快感”だ。
「フィガロの結婚」の滑り出すような感じ、陽気さ、ユーモア。原題の『たわけた一日、またはフィガロの結婚』というのもまたおかしみがある。「ジュピター」もあの転げるような16分が腹の底から明るい。僕はこの二曲が今は一番好きだ。
モーツァルトは光速だ。ためらう者や迷う者は置いていかれる。世界を駆け抜ける、そんなモーツァルトのカッコ良さ。
芭蕉が“軽み”といったものをモーツァルトにこそ見出したい。
もちろんフルートやクラリネットのコンチェルトのような名バラードにもその独特の軽さがあり、それでも叙情性は失われていないように思う。
僕が死ぬときはぜひモーツァルトを聴いていたい。

2007年7月27日 (金)

夏とダチョウ

朝が来た


陽の光が虹色のスペクトルを滲ませながら


朝が来た


先カンブリアからの変わらぬ愛を持って


朝が来た


千の風がファンファーレを吹き鳴らし

微生物が狂喜乱舞する

悪霊は消え去りて

笑みが世界を覆う


僕らとダーウィンのキャッチボールはまだまだ続くのだろう

2007年7月26日 (木)

伝記ノススメ

ついに『三十三年の夢』を買った、ありがとう岩波文庫。今回の夏の重版は自分好みが多くてラッキーだった。ソローとトロツキーは今度買おう。

にしても宮崎滔天はカッコイイ。先日、奈良本辰也・高野澄の『西郷隆盛』 を読んだものだから、次はぜひ滔天をと決めていたのだ。

そうそう、若いうちに伝記をいろいろ読んどくといいと思うよ。俺もそんなにたくさん読んできたわけじゃないけど、読んだものにはほとんど感銘を受けた。中国人と日本人のが多いかな。伝記小説なんかもいいと思う。

つまらん小説よりよほどか滋養があると思うからね…それに、こういう生き方もあるんだ、っていう人生の指針にもなる。いったいその人がどんな英雄だろうと罪人だろうと、一つの生き方に他ならないんだから参考にならないわけはない。だいたい俺らの年で幕末モノやら三国志やら水滸伝やら読んでシビれない奴はオカシイ。優れた伝記は人を動かす。

さあ、この夏は伝記を一冊読んでみたらどうか。『福翁自伝』や『フランクリン自伝』みたいな定番モノもいいし、トロツキー『わが生涯』のように素晴らしく分厚いもの、英雄豪傑ものもいいし、石川啄木『ローマ字日記』や『ゲバラ日記』のような日記も悪くない。アウグスティヌス『告白』も許容範囲だ。

所詮人間が一生のうち経験できることはわずか。ならば、彼らの経験値をいただこうではないか。

2007年7月25日 (水)

メモ

俺は楽しかったさ。こういうカタチの“楽しい”って感情は初めてかもしれないが、とにかく楽しかった。
俺が主役じゃない思い出だって俺の思い出なんだ、って気づかされたよ。
つまり何が言いたいかって?
俺は楽しかったのさ。そしてありがとうよ。

2007年7月24日 (火)

人間になるために

“何かをなすには、まずは自分の中の偽善と闘え”


太宰治が教えてくれたこのメッセージは、僕には今でも一番大切なメッセージのひとつだ。
方法としての自虐、それは決して無駄ではない。
歴史教科書問題も、これを考慮してほしかったものだ。

夏へ

夏よ夏、なぜこんなに楽しくさせるんだ。

焦げるようなアスファルト、容赦ない青天下の太陽、これでビーチボーイズなんか聴いた日にゃ、海岸への凄まじい憧憬が襲う、ああ道路には誰もいない。


もちろん今年は家でガリガリ鉛筆握っている方が多いが、移動の合間に日を浴びるだけでも、楽しくなるのだ。


夏以外はどうなったっていい。

かつてギリシャ人たちは神々への賛歌をつくり歌ったが、その気持ちがわかるようだ、俺も夏への溢れん気持ちを口に出さずにいられない。


夏と生き埋めになった記憶がある、心象がある。三木成夫、柳田国男、折口信夫、“椰子の実”、ゲバラ、マルクス・エンゲルス、トロツキー、レーニン、五木寛之、ランボー、ゴーギャン、“風の歌を聴け”、“チュニジアの夜”、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、“イージー・ライダー”、“斜陽”、“スタンド・バイ・ミー”、ジプシー・キングス、縄文火焔土器…

これらは我が夏の季語。誰にも理解されなくとも、我が心象では夏と深く結びついた記憶である。


魂を、揺さぶられる。

たけのこの里

の、透明の包装がなくなってる!

こうやってみんなが少しずつ環境に配慮してくのも大事だねえ(究極的には根本革命がいるって考えは変わらんが)。

ああ、おかげで今日もいい気分。

反マスコミ

僕がテレビや新聞や週刊誌を見ないのは、単純に嫌いであるうえに、さらなる理由がある。

僕は恐ろしいのだ。それらのメディアからは情報をパッシブに受け取るしかないため、扇動されやすいし操られやすい。

第一、日本の戦争を助長したのはこうしたマスコミ、特に新聞だった。権力に迎合し、勇気と誇りを捨てた下らない新聞社ばかりだ。

だいたい小泉純一郎なんか、ほとんどマスコミで稼いでいたようなものなのだ。この時もマスコミは権力に迎合したのだ。前の衆院選だって、異常なマスコミの力と、愚かな国民、特に若者層とが一致したために起きた結果だ。
だからマスコミは大嫌いだ、あのとき戦犯で裁かれれば少しは体質改善しただろうが、そうはならずに、のうのうと生きているのだ。そしてそのために未だ悪弊が止んでいない。

情報をパッシブでしか受け取れないメディアからは離れることをお勧めする、アクティブに受け取れるインターネットを、推奨する。

2007年7月23日 (月)

歩出夏門行

先日友が我が部屋に来て、二人でベランダから外を眺めるに、その時の我が感慨は、あと少ししか此処にはいないのか、という一点からのみ発せられていたのだった。

2007年7月22日 (日)

月明らかに星稀れに

時代が人物をつくるのだ、と勝海舟が言っていたような気がするが、確かに歴史を顧みると、国乱れて危急存亡の頃合い、英雄君子大人が、雲霞の如く現れている。

戦国や幕末は言うには及ばず、春秋戦国秦漢三国、乱れるほどに人物が出る。

無論英雄にも貴賤の別、大西郷や大楠公、諸葛孔明や文天祥らは真の英雄であり、とふとものというべきか。

それに引き替えカエサルやナポレオンの如き輩に木戸や伊藤の如き輩、これらは真の英雄とは言えないもの。

つまり、無私であるかどうか、が肝心なのだ。

例えば維新は薩摩の西郷、長州の高杉、土佐の坂本、そして幕府の勝がみな無私の英雄だったために、維新のリレーはスムーズにバトンが行ったのである。

さて、残念極まるがそのような大人物に、未だ会った試しがない。龍雲垂れ込めし英雄に会い、心尽くせたらどれほど光栄か。

世界は広く、人民は多い。多様な人々との出会いを求めるとしよう。


豊碑には嘗て堕す 居人の涙
翠柏は猶お森(おごそ)かなり 故相の墳
志は決し身は滅んで 遺憾在り
今に至るも 忍んで誦す 出師の文


趙翼

2007年7月21日 (土)

天地投げ

充満する分子の、慌ただしき真空。


さあ、そこへ舟を出そう…真空に舟を。

無限の化学反応の闇を越え、君と共に彼岸に到ろう、ああ、ライン川の向こう岸へ。

presence

眼を閉じると、闇に渦巻くコペルニクス。そこは精神の深い淵。命の果て。


星は原子のように飛び交い、僕らの眼にはフラウンホーファー線が焼き付いている。


そして宇宙の泉には、四十六億年の夢が眠っている。

2007年7月20日 (金)

腹単位

楽しい時は腹から楽しく
悲しい時は腹から悲しい。
カラダの真ん中は腹なのだから
腹が一番エライ
だから腹に従いなさい

八月の唯物論の花が咲く

朝のパンセ

時早く
青深し
ため息つくも
吸い込まれぬ。
偉大なり。

2007年7月19日 (木)

イメージ

最近、真心を込めている。また楽しからずや。

句と歌

霧雨や眼鏡にたかる滴かな


猫渡る体に映る梅雨の跡


梅雨のごと降りては止みぬ思いかな


マルクスの笑いが止まぬ月夜かな

懐手して革命見物

いかめしい顔でいかめし食いにけり

7月のプラトン

縁側にいるのは一人の書生と、その友と見られる活発そうな、帽子の男。


帽子「ところでサ、やれ哲学だ思想だって言うけれども、あんた一体どんな聖人君子から始めたんだい?そらいるだろう、東洋なら孔孟や老荘だったり、親鸞さんだったり。」

書生「ああ、僕はね、やろうッ、って決めた時にはもうプラトンを握り締めていたんですよ。」

帽「そうかそうか、それぐらいなら俺だって知ってるよ、プラトンだろう、イデーなんとかの。」

書「イデアね。」

帽「そう、それ。でも何だって、そんな昔のから?ふつう若者は春樹は読んでも露伴や紅葉は読まないようなものじゃあないのかい。」

書「確かにその通りですよ、別に太古の著作は読まなくても哲学も文学もできますよ。」

帽「だッたらどうして。」

書「向こうの国ではソクラテスが革命児で、プラトンがその後の背骨なんです。大局的に見れば、ギリシャ哲学自体が背骨とも言えるんですよ。マルクスだって、最初はギリシャ哲学研究から始めてますし。」

帽「へぇ、背骨ねえ。じゃあソクラテスープラトンが始祖みたいなもんかい?」

書「いや違いますよ。ギリシャ哲学なら始祖はタレスですし。そもそも、ギリシャ哲学よりもっと古い、ゾロアスター教がありますよ。これが東西哲学の祖なんです。だからプラトンは端じゃなくて真ん中なんですよ。」

帽「なんと、あのゾロアスターが。」

書「そうです、ゾロアスターを奉じてたアーリア人の大移動で、一派はインドに、一派はギリシャに到着したんです。それがウパニシャッド、仏教、ジャイナ教、ギリシャ自然哲学の共通の祖なんです。それにアーリア人の移動は気候変動が原因なので、中国はそのアフターマスを受け、周朝が衰弱し春秋戦国の幕が開いたのです。」

帽「すると、聖賢乱立もそのせい…?」

書「そうです、釈迦、マハーヴィーラ、ヘラクレイトス、ピタゴラス、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、孔子、孟子、老子、荘子、孫子、墨子…これら世界的な百家争鳴が同時期に起こったのは、偶然じゃないのです。」

帽「こりゃあブッたまげた。プラトン氏がそんな時代に生まれってたとは。」

書「まさにこの時代が哲学の背骨なんです。でもまあ僕はそんなことは知らずに、プラトンの『ソクラテスの弁明』から始めることにしたんですよ。」

帽「実に楽しそうな時代だなア。世界中の哲学者は、結局そこに戻るんだねェ。」

書「それと科学者もね。」

帽「哲学も科学も寒き嚔(くさめ)哉、ってね……ところで俺たち、何で話してるんだっけ?」

書「プラトンだからでしょう。」

帽「アッ、対話篇。」

2007年7月18日 (水)

柏崎原発

皆さんどうか、五分でも十分でもいいので、今回の柏崎原発の事件について、調べたり、考えたり、してみてください…これは僕らの世代のこれからのあり方を問う問題でもあります、つまり生き方の問題なのです、盲目に生きるか、確かに生きるか。
是非、確かに生きてください。

2007年7月17日 (火)

不真面目な話

不真面目な人とばかり、仲良くしてきた。
だからといって彼らが馬鹿というわけではない…むしろ、人並みより知性は優れ、教養も豊富だ。
だから多分、彼らは劣等感は少ないのであるまいか。
むしろ、真面目な連中の方が、馬鹿で、どうしようもなく劣等感を抱えている。ニーチェの言うルサンチマンも応用できそうである。
真面目な人間は要領が悪い。いろいろ不器用だ。加えて真面目なものだから、自分の信奉するものを金科玉条として徹底して盲信する。
だから、人を自由にするはずのマルクス哲学で人の自由を奪ってしまうほどがんじがらめにし、真面目なポルポトは大量虐殺し、真面目な軍国者たちは南京でムチャクチャやり、東大出のエリートたちは、地下鉄にサリンをバラまいた。
人間、少しばかり毒がある方がいい。

ヘーゲル法哲学批判序説

『ヘーゲル法哲学批判序説』を読んだー…まさに乾坤一擲、これほど人をして動かしむる文章も、そうないだろう。
哲学の究極の使命が、ここにはあると思われる。哲学は、実現されて初めて解消されるのだ。
となると、マルクス哲学の使命はまだ終わっていないようだー…レーニン哲学であるはずの“マルクス主義”を除き、彼の哲学は未だ、どの国でも実現されていないのだから。

2007年7月16日 (月)

パキスタンの結末

わかっちゃいたが、そこまでとは。
パキスタン政府のやり方は酷い。女学生を人質だとでっち上げ、対話が出来たのに無理矢理突撃。いったい何人死んだんだ?
わかってる、どうせ裏にはアメリカがいる。三十年前に共産主義国にしてきたことを、標的変えてイスラム国家にやっているだけで、何も変わっちゃいない。
愚かな日本人はこの一連の余り取り沙汰されないニュースを聞いて、イスラム教は怖いだとか思うんだろうが…それでは殺された学生たちがあんまりだ、彼らの必死の叫び声ぐらい、聞き取ってやれよ。
横暴なパキスタン政府の裏に、アメリカがいるのは公然の事実だ。学生たちはそれに立ち向かったのだー…革命が起これば、彼らは英雄になるはずだったのだ。
昔、日本はアメリカに敗れた。東側共産主義国はアメリカに敗れた。そして今、アメリカに対しているのはムスリムたちなのだ。彼らをテロリスト呼ばわりするのも結構だが、誰が彼らをテロリストにしたか、忘れてはならない。
思えば十字軍の昔から、イスラムとキリストの戦いは終わっていない。あの時もキリスト側が一方的な虐殺を行い、それは今も同じことだ。
アメリカや、その息の日本政府、及びマスコミたちのプロパガンダに流されては、いけない。

2007年7月14日 (土)

眠れぬ夜に

久しぶりに寝れないの、何でだろう。

想い過ぎた。消灯時間、張り詰めた二拍三連。

どうして今ごろ後悔しているのか。眠れぬ夜はどうしてそんなに俺を揺さぶる?

真っ暗で、真っ暗で、時計は何も告げない。窓の霜に触れるとヒンヤリで、新たな思索を催す。

嗚呼、雨は何もかも知っていて降るかのようだ。

2007年7月13日 (金)

晴耕雨読

ああ、長谷川二葉亭の『浮雲』、実に胸が詰まる思い。
“文学的”にはさておき、“人間的”にショックを受けずにはいられなかった、内海文三のあの弱さに乱れゆくお勢、尻切れ蜻蛉に終わる最後が辛くってならない。
「それでも地球は回ってゐる」などと言えようか、もはや恋愛ではないだろう。


二葉亭の露西亜、啄木のロシヤ。そのように歴史を捉えるのも良い。二葉亭には川島浪速があり、浪速には満州がある、川島芳子がある。そうして石原莞爾に満州事変、安江仙江に甘粕正彦、ノモンハンがある。
ああ、まだまだ見えて来ぬ、この淫らな様相のこと。

俳句風フィロソフィア

ソクラテスは楽しい。
プラトンは哀しい。
アリストテレスはロボット。
エピクロスは美味しい。


ピタゴラスは………笑ってゐる。

2007年7月 9日 (月)

夢の歌

夢見るは、釈迦が手の内。
夢食うは、おのが手の内!
神は無しかな。

2007年7月 8日 (日)

パキスタンの学生

まだ情報をしっかり集めていないので何も言えぬのであるが、今度のパキスタンでの学生の籠城は、これは切に重大な事件である、学生である、無関係だなどと言ってられない。
目を背けては、いけない。お前のように。

浮雲

岩波の夏の重版が楽しみだ…トロツキー!


なんだかノスタルジックが抜けない。明治全部を漁ってしまいそう…ああ、そうしよう、いい機会だ…大学行く前に一通りの教養つけねば恥であるし、何よりノスタルジックなのだ。

東京陰影

夏の音に、いざなわれし我
眼の内に
文豪たちの白昼夢かな

明治四十五年

何故か、無性に啄木を読みたくなり、むさぼった。
大荒れに荒れた精神の幼い頃は幾度か読んだ覚えがあるが、何故今再びかは、謎だ。
啄木にはいろいろな思いがある。明治の文学界のデカダンスな雰囲気の中の典型的な一青年であり、太宰治や寺山修司へと続く東北の系流であった。

今日は、明治という面から振り返ってみたい。
かつて五木寛之が言ったように、明治百年のススというものは未だ掃かれていない。近代日本は明治に生まれ、今の日本はその続きである。にもかかわらず、日本人は明治を置いてきてしまった。明治の正と負を黙殺してしまった。
日本の戦争や環境問題その他を語るには明治史は不可欠である。それに明治はもうあらゆる方面にスパークした時代でもあった。日清日露の戦争、辛亥革命、宮崎幸徳秋水の平民社と荒畑寒村たち及び大逆事件、二葉亭四迷や三遊亭円朝の言文一致体の確立、漱石門下の動き、与謝野鉄幹と晶子周辺の短歌界、平塚らいてうや伊藤野枝ら新しい女性の台頭、西田幾太郎門下の哲学、田中正造と足尾鉱毒事件…改めて、凄い時代であったと思う。
だいたい啄木が朝日新聞で校正をやった相手が、『二葉亭全集』に始まり、“森田草平が『煤煙』を、夏目漱石が『それから』を、泉鏡花が『白鷺』を、永井荷風が『冷笑』を、漱石が『門』を、長塚節が『土』を”(岩波文庫『啄木歌集』解説)というのだから、これはもうオールスターズの様相であり、いかに明治の文学が盛んであったかが伺い知れる。
啄木こと石川一はそんな時代に生きた。そして啄木はそうした時代精神を表現すること(評論「時代閉塞の現状」)を重視し、みずから実践した。だから彼は足尾鉱毒事件(奇しくも田中の直訴状は幸徳の代作による)にも積極的に意思表示し、大逆事件では幸徳の陳述文を弁護士から借り受けるほど熱心に研究した。
彼はどうも社会主義や無政府主義思想に接近していたようで、大杉栄の翻訳と思われるクロポトキンを読んだりもしていた。


「予は強固なる唯物論者である」

とさえ言い、


わが抱く思想はすべて
金なきに因するごとし
秋の風吹く


という歌を読めば、確かに社会主義に向かわざるを得なかった啄木を感じる。革命やテロリズムを感じる歌も多々残しており、


誰そ我に
ピストルにても撃てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ


やや遠きものに思ひし
テロリストの悲しき心もーーー
近づく日のあり。


「労働者」「革命」などといふ言葉を
聞きおぼえたる
五歳の子かな。


などなど、“革命ノスタルヂイ”を感じさせる。(同じく東北の太宰治が後にまた革命をうめき出す)
そんな明治人・啄木はついに時代とともに果てた。明治四十五年、四月、二十七歳にも満たない生涯を終えた。そしてその3ヶ月後、波乱の生涯を送った明治大帝崩御、そしてそれに従って乃木将軍夫妻が殉死。鴎外は乃木の殉死に衝撃を受けて文学的転向を果たし、漱石は『こころ』にてその衝撃を隠さなかった。
明治は終わったのだ。そして、その明治と共に啄木も死んだ(ちなみに大正と共に芥川龍之介が死に、昭和と共に手塚治虫が死んだ)。
啄木とは、明治が未だ捨て切れなかった青臭い革命の理想者だった、とも言える。幸徳らを継いだ明治の最後の夢であり、ついに成し得なかったもの。それは若い国家には付き物だろうが、さらに維新期のあの不完全燃焼が、じっとりと、不気味に感じさせていたのではないだろうか。
そして、その明治の不完全燃焼は、未だ僕らの前に、グロテスクに蠢くのを止める様子もない。

2007年7月 6日 (金)

想Ⅱ

涼しげなドイツの森の中、精悍な顔つきのライプニッツが、弟子である、若く美しい貴婦人の手をとって、木を指差しながら言いました、
「ごらん、この木の葉を。一つとして同じものはないだろう。」
ライプニッツは木の葉をいくつかちぎり、その美しい弟子に手渡しました。
「この世界には、何一つ同じものはないんだ…誰一人同じ人はいない、だから美しく、生きる甲斐がある…」
それは、本当に素敵な光景でした。

2007年7月 5日 (木)

想Ⅰ

お互い辛いときに手を差し伸べ合うのが友達だが、お互い辛いときに何も言わないのも友達である。

2007年7月 4日 (水)

マイ憲法

己の生の目的を自覚すること。


昔の智慧や伝統を尊び学ぶこと。


直観と感覚を大切にすること。


地球単位の視野を持つこと。


不確かなものは疑うこと。


無知を自覚すること。


少数派を忘れないこと。


父的なものに傾かず、母的なものを尊重すること。天より地。


管理されないこと。自由であること。


非暴力不服従であること。


楽しむこと。

GO

満ち足りたような“気がしているだけ”の人生、それがお前だ。

いい加減気づくがいい、その自己矛盾の醜悪さ、虚栄心の不潔さ。俺はそれに気づいたとき、幾重もの信頼の輪を解いた。

とってつけたような知識で何をする、戦争でもするのか?そうまで大金はたいて何がしたいんだ?

行け、行け、行っちまえ、飛び降りちまえ
そんなに自分が可愛いなら、自分と心中しやがれ。

何処にも行き場がねぇんなら、あの世でも探検してこいよ。お前は今ここで何がしたいんだ。

ワタシは関係ないわって、済ましてんじゃねえぞ。虚偽に生き、虚偽を食う、虚偽の人よ。

空から本

「悩んでる奴は死んじまえ!」ビートたけし

2007年7月 2日 (月)

デッド・フラワーズ

明日はブライアン・ジョーンズの命日。ジム・モリソンの命日でもあるが、一つの時代の命日として、あえてブライアン・ジョーンズを表に出させてもらう。


ブライアンは他殺にしろ自殺にしろ、死ぬべくして死んだとしか言いようがない、あまりにも時代と同化し過ぎていた。だから新しい時代に適応できず、進化の法則の敗残者のように散ったのだ。

ロックンロールの歴史のうち、最大の悲劇はやはりこの時代の、若く才能のあるミュージシャンたちの大量死である。
それはロックンロールを支えた土壌、つまりその時代で言えばヒッピーたちに代表される文化が、あまりにも脆く、弱かったということだ。彼らの理想主義はドラッグへの依存と資本主義への依存により成り立っていた。そうして、60年代後半のロックンロールは、その脆弱な夢遊病者を根っこにしていたのだ。そして悲劇は起こった。
ドラッグ関与が多分と見られるミュージシャンの大量死、ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン…そして、資本主義の内で完全に“ロック産業”となるワイト島フェスティバル、70年代の幕開け。


そしてブライアン・ジョーンズである。もはや個人の死ではないのだ。普遍化を余儀なくされる。いろんな言い方がなされる、“夢から覚めた”だの“飽きた”だの“大人になった”だの…確かにどれも一面を捉えているかもしれないが、しかし、彼らを切り捨てられた存在としているだけで、責任が、普遍的な責任がない。普遍的な死には普遍的な責任があってもいい。そしてそれこそがまさにヒッピーカルチャー、およびそれらを包んでいた資本主義社会であると思う。


彼らの死を思うと、蒸し暑い夏の日の、何か悲しい情景を思わせる。そして実際、それは俺を悲しませる。
思えば彼らは最初から被害者であった…資本家に才能ある金の卵と重宝され、時代が変わって捨てられた、そうとも思える。資本家が蜜を吸っていたのはヒッピー全体であったろう。若者たちの夢は、大人たちの手の中を出なかったのだ。


俺のことなど忘れてくれよ スージー
おまえはアンダーグラウンドの女王さ
毎朝 枯れた花でも送ってくれ
俺の結婚式の日に枯れた花を抱いて
祝いの言葉でも捧げてくれ
おまえの墓には 忘れずにバラを捧げてやろう
おまえの墓には 忘れずにバラを捧げてやろう


フラワーチルドレンと呼ばれたヒッピーたちは、確かにもう枯れてしまった存在だ。
でも、ブライアンの、そしてあの時代の命日ぐらいには、俺は真新しいバラを買って捧げよう、一瞬の夢だったあの時代を、しかと受け継いだと言ってやろう、お前たちの残したものは受け止めたと言ってやろう、夢はまだ俺の中で生きていると言ってやろう、決して忘れない、と。

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