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2007年7月13日 (金)

晴耕雨読

ああ、長谷川二葉亭の『浮雲』、実に胸が詰まる思い。
“文学的”にはさておき、“人間的”にショックを受けずにはいられなかった、内海文三のあの弱さに乱れゆくお勢、尻切れ蜻蛉に終わる最後が辛くってならない。
「それでも地球は回ってゐる」などと言えようか、もはや恋愛ではないだろう。


二葉亭の露西亜、啄木のロシヤ。そのように歴史を捉えるのも良い。二葉亭には川島浪速があり、浪速には満州がある、川島芳子がある。そうして石原莞爾に満州事変、安江仙江に甘粕正彦、ノモンハンがある。
ああ、まだまだ見えて来ぬ、この淫らな様相のこと。

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