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2007年7月29日 (日)

怪獣

日本の怪獣が好きだった。
ゴジラやガメラはほとんどの作品を観たし、ウルトラマンシリーズもよく観た。でもどっちかと言えばゴジラシリーズの方が好きだった。それは、怪獣が主役であったからだと思う。
初代『ゴジラ』は水爆実験により生まれたゴジラが暴れ狂う、という設定により強烈に反戦メッセージを戴いた映画であり、この怪獣特撮映画の先駆けの怪獣が、このように負を背負った悲劇の存在であった、というのはその後の日本の怪獣史にとっては幸福であり、むしろ日本ならではとさえ思える。
というのも、昔から日本には荒ぶる自然神を崇拝する伝統があり、それこそが『もののけ姫』誕生の温床なのだが、とにかくこの荒ぶる自然神を強烈に感じさせたのがゴジラであり、自然を放射能で汚染したことに対して怒り狂っているかのようだった。しかし、ゴジラはその後、勧善懲悪もののヒーローとなってしまった。
ウルトラマンシリーズでは、特に『ウルトラセブン』がゴジラ的社会批判をしており、当時の冷戦を反映して軍事色が強くなったりしている。何より、“侵略”という明確な意図をもっている宇宙人たちも出てきた。
しかしそのように少しシリアスにしたため『セブン』は単なる勧善懲悪ものに終わらず、怪獣は果たして悪であり倒されるべき存在なのか、と問いかけるストーリーがいくつかある。
だが、そのような話で一番有名なのは初代『ウルトラマン』の「故郷は地球」の回、すなわち棲星怪獣ジャミラの話だ。
当時の米ソ間の宇宙開発競争の中、女性宇宙飛行士ジャミラは事故で灼熱の金星に不時着、本国は救出をあきらめ、国際的な批判を恐れたため事故の存在を隠した。
それから、ジャミラが金星で環境に適応して怪獣となり地球に来て復讐しようとしたが、ウルトラマンにより倒される、というストーリーである。
この闘いではウルトラマンや隊員たちは大いに悩み、闘いを躊躇した。そう、相手は同じ地球人なのである。ちなみにジャミラの死の際の断末魔の叫びには、人間の赤ちゃんの泣き声が入っているそうだ。
僕はこのジャミラの話が、どうしても他人事とは思えない。
僕はこの話に、啄木の言う“テロリストの悲しき心”を見る。
関係ない人を傷つけ殺すテロリスト。それは許されざる行為であり、倒されて当然ではある…だが、このテロリストを作ってしまったのは我々サイドの問題なのだ。我々が自己の利益を追って彼を見捨てたせいで、彼はテロリズムに染まり、復讐の銃を市民に向けることとなったのだ。
そんな彼、そしてジャミラを倒すのが本当に正しいことなのか、俺の守る正義は誰の正義なんだ、とウルトラマンは苦悩したであろう。

怪獣とはこのように、差別されて来た者たちや壊されつつある自然の、怨霊だったのではなかろうか。
ウルトラマンは彼らを倒す。折りしも高度経済成長期であり、邪魔な自然神は倒されねばならなかった。
しかし時が経ち公害問題が表に現れ、人間は自然を切り捨てたことを後悔する段に至った。
だが僕らの心から、怪獣を捨て去ることはできない…自然への敬いと恐れがある限り。

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コメント

ダウンタウン松本はヒーローを題材にしたコントが結構ある。
代表格なのは、ゴレンジャイとかエキセントリック少年ボウイとか。
怪獣ではなくヒーロー側からの視点をついた松本らしいコントで、『正義の見方』というのがごっつのDVDに収録されている。

是非観てほしい。

おそらく大日本人はこのコントがベースになっていると思う。

ゴジラは俺も全部見たかな。
公害が育んだヘドラって敵なんかも世相をよく反映してたと思う。まぁあの辺はもうヒーローものに成り下がってるんだけど。
初代ゴジラはただただ寡黙に、東京を火の海に変えていく姿が強烈。人の業の深さが生み出した存在にしっぺ返しをくらってるのを、逃げ惑う人々は指くわえて見てるしかないわけだ。

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