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2007年7月28日 (土)

疾走する悲しみ

ここ最近、部屋にいるときは常にモーツァルトを流し続けている。
僕はモーツァルトの各種オペラも『アマデウス』も観てないし最近の優れたモーツァルト論も読んでいないのであり、とりあえずいくつかの交響曲と小品、オペラを聴いているに過ぎない。
にしても楽しく、愉快だ。天上に鳴る音楽があるとすれば、それはモーツァルトの音楽に似ているのではないか。
タイトルの言葉は小林秀雄だが、僕が好きなのはやはりこの“疾走感”や“爽快感”だ。
「フィガロの結婚」の滑り出すような感じ、陽気さ、ユーモア。原題の『たわけた一日、またはフィガロの結婚』というのもまたおかしみがある。「ジュピター」もあの転げるような16分が腹の底から明るい。僕はこの二曲が今は一番好きだ。
モーツァルトは光速だ。ためらう者や迷う者は置いていかれる。世界を駆け抜ける、そんなモーツァルトのカッコ良さ。
芭蕉が“軽み”といったものをモーツァルトにこそ見出したい。
もちろんフルートやクラリネットのコンチェルトのような名バラードにもその独特の軽さがあり、それでも叙情性は失われていないように思う。
僕が死ぬときはぜひモーツァルトを聴いていたい。

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コメント

モーツァルト…彼自身はぶっ飛んでますが(笑)いやぶっ飛んでるからこそ…かなぁ…彼の調べは美しいです♪

クラシックって本当に自分の身体を忘れて没頭出来る気がして好きです☆☆

先人の言葉をお借りすると『主客未分』な感じ☆

僕もモーツアルトは本当に好きです。小さい頃からなぜにかモーツアルト好きなんですよね…

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