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2007年8月 3日 (金)

海の時代

福井で縄文の丸木舟が五挺も出土したらしい。僕はなんだか嬉しくなった。
縄文時代の何に惹かれるかというと、やはり古代大航海時代といえるほど海に生きていたというところだ。
中国の史書なんかには朝鮮半島や長江下流に倭人がいたなんて書かれてあるけど、これは別に不可思議でも何でもない、縄文時代を海の時代と考えるならば。
前に書いたスサノオの朝鮮半島から日本へ渡ったという話も多分そういったことを反映しているのだろう。
それに、縄文時代の主役を日本列島から海に差し替えて考えてみれば、朝鮮→日本の文化伝播のみでなく、日本→朝鮮の伝播もあったと考えられる。実際、そうとしか考えられないコメが見つかっているらしい。
国境なんてなかったのだ。海があっただけなのだ。僕はこんな時代の今こそ、この史観を提唱したい。海の史観である。
さて、縄文時代のもう一方の雄は山の民だ。狩猟採集の民である。
僕は山の民と海の民はそう遠くない間柄、というか“一緒くた”だったのではないかと思う。
舟を作るには木がいる。それは山民たちの協力がなければ不可能だ。それにあの時代に海に出れば頼りになるのは、夜は星であり昼は山であったろう。山はランドマークであったはずなのだ(同時に星神信仰も生まれたはずである)。神話でも海幸彦と山幸彦の二人は血を分けた兄弟であった。そして後世、平地の常民たちは山に住む者を鬼や鬼婆と呼んで恐れたが、それは海の彼方からの外来者に対してでもあった。彼らは海から来た人々をも鬼と恐れたのだ。
こうしたことから、僕は海と山は一緒くただったと考えるのである。
僕らはこの国境なき精神、大海原の精神、スサノオの精神を受け継ぐべきである。何もアイヌや沖縄や熊野や東北だけに継承される必要はない、僕らはみな受け継ぐべきである。

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