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2009年1月22日 (木)

マンガの作画

一般的に、大友克洋以降は作画が細かくリアルになって、写真に近いものが良いとされる風潮となったという。

確かに大友を手塚治虫と比較すれば、その新しさは明瞭。けれど手塚が自虐的に作画=記号に過ぎないと語ったように、記号的=言葉的に簡略化されたものがマンガの絵であったことに対して、大友の場合はリアルの写生であってそもそも方法論が違ってきている。物語性が希薄になったともいえる。

前に書いた浅野にいおの絵は完全に大友の延長で、非常に細かい。カラーは当然のようにコンピュータで塗られている。これはこれで手書きの暖かみより機械の冷たさを全面に出し、現代を表すことに一役買っている気がする。

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コメント

浅野「いにお」じゃない?あの人のに馴染むにはまだまだ時間がかかりますよ、わたし

ソノトオリ、われ誤てり。
浅野=違和感のような気もするが。

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