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2009年2月19日 (木)

エピステーメー

フーコーと格闘している。『狂気の歴史』というこの浩翰な書物。順調にいけばこのまま『言葉と物』『監獄の誕生』『性の歴史』と読み進めるはずだ。これは僕に絶対必要な過程だ。この巨人から吸いとるべきことはあまりに多い。

2009年2月18日 (水)

リアルなんて焼いて猫が喰ったらいいのに

スパルタローカルズの新曲は非常に良い。淡い感じは初期の雰囲気にも似てる。

前回のアルバムも良かったし、レコ発ツアーも良かった。なんだか運勢が戻ってきたのかもね。ペパーランドでは『セコンドファンファーレ』時代の楽曲が多く演奏されたし、ツボでした。

くるりの新曲も聴かなきゃ。

2009年2月13日 (金)

ゼニ

ナニワ金融道全巻読み終えました。こんな傑作に出会えて良かった。


経済の裏がよくわかる、という楽しみ方ももちろん出来るんだけど、何より人間の業を描ききったことを讃えたい。作者が『罪と罰』を愛したことも、さもありなんといったところ。


「欲は海水やで、飲めば飲むほどノドが渇くもんや」


キャラクターの名前もマトモじゃない、肉欲棒太郎や銭田掏次郎や浦切平基etc。人間の内側にある汚い部分をあえて全面に押しだそうという姿勢が感じられる。


そんな汚い世界に揉まれて主人公が逞しくなっていく、そういうビルドゥングス・ロマン。

2009年2月 9日 (月)

課題

研究してみたいこと:ウィリアム・S・バロウズとトマス・ピンチョンからミシェル・フーコーとジル・ドゥルーズを眺める。「管理社会」と「器官なき身体」を中心に?ティモシー・リアリーが顔を出す余地あり。グレゴリー・ベイトソンのドゥルーズ&リアリーへの影響。


そのために必要なこと:バロウズとピンチョンの主要な作品を読む/英語を繊細に読む力/フーコーとドゥルーズ=ガタリの主要な作品を読む、いや何度も読み込む/リアリーをさらう/ベイトソン『精神の生態学』を読み込む

2009年2月 7日 (土)

バンザイの国

人生が好転してきた。いや、特に何かがあったわけでもないよ。そう、つまりこれはやる気の問題ですな。


季節は春ウララになるってのに、いつまで冬気分でいるんやね。そろそろ荷造りして世界に備えないかんじゃないか。


わからず屋は名古屋城のお堀の中で春秋過ごせばいいだけだってことやね。それが嫌なら天守閣に上るだけ。

2009年2月 5日 (木)

天才に囲まれて

今日はミシェル・フーコーを勉強している。この人物が果たした哲学・社会学・歴史学・美学上の成果と影響について思いを馳せる。大学者とはこうした越境名人のことだ。


日蓮についての本も買った。このタブー視されやすい天才にはずっと関心があった。石原莞爾を読んでも宮沢賢治を読んでも北一輝を読んでも、いつも奥には日蓮が単座している。


近頃ぼくは日本学、ということを構想している。それも従来の日本・日本人論に留まらない、遥かな射程、東洋全体と三千世界を見据えるような、そうした射程に立った、あらたな日本学。そしてそれを海外の大学で認められ教えられたらどれほど愉快だろう。

2009年2月 4日 (水)

断想

松本健一の仕事は信頼できるうえに、痒いところに手が届くよう。

「暇があったら本を読め」と水木しげるがその漫画の中で南方熊楠に言わしめていた。


そのとおりだ、とぼくは襟を正され、昭和天皇に関する本を読んでいた。分野もへったくれもないが、がむしゃらにやればいつか花開くだろう。


いつか花開くこと。今日はそのことを考えた。全く親には感謝する、頭が下がる。大学における学費と生活費を考えたら凄まじい。


この事実に対してぼくがどう報いうるかといえば、それは大成することだ。学問に打ち込んで、大学者となる。今はまだお先真っ暗だ。だが誰でもやれることをいつかやるために大学に行っているわけではない。誰も出来ないことをするのだ。今はまだ自惚れだが、真に力を蓄え翼を得たなら、それは何処へでも飛んでいける自信と実力になり、ぼくを立たしめるだろう。

2009年2月 3日 (火)

消費者デイズ

赤塚不二夫の天才バカボンと藤子F不二夫短編集と青木雄二のナニワ金融道と水木しげるの猫楠を読んだりして、相変わらず漫画の日々。黒澤映画も見た、『生きる』を。

そして現在は北畠親房の神皇正統記を読んでいる。

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